生活保護を受けている方が遺産相続をするとき、また故人が生活保護を受けていた場合、どのような問題が起きるのでしょうか。葬儀社の皆様は、ご遺族様から「生活保護を受給していても財産を相続できる?」「生活保護が止まってしまうのでは?」といった質問を受けることがあるかもしれません。
生活保護と相続の関係は複雑で、正しい知識がなければ思わぬトラブルにつながることもあります。例えば、相続した財産によってはご遺族様の生活保護が打ち切られる可能性があるのです。
この記事では、葬儀社の皆様がご遺族様の相談に適切に対応できるよう、生活保護と相続に関する基本的な知識をわかりやすく解説します。ご遺族様の将来に関わる大切な問題をサポートするための参考としてください。
遺産相続が生活保護に与える影響
生活保護を受けていても財産を相続できる

生活保護を受給している方でも、他のご遺族様と同様に財産を相続する権利があります。「生活保護を受けているのに、お金や財産をもらってもいいの?」と心配される方もいるかもしれませんが、生活保護を受けているからといって相続権が失われるわけではないのです。
故人様が残した預貯金や不動産などの財産は、生活保護受給者であっても法律上の相続人であれば受け継ぐことができます。
生活保護を受けるための条件

そもそも生活保護は、経済的に困窮している方が健康で文化的な最低限度の生活を送れるよう支援する制度です。相続と生活保護の関係を理解するために、まずは制度の基本的な受給条件を確認しましょう。
生活保護の主な受給条件は3つあります。1つ目は、働ける状態なら就労して収入を得る努力をすることです。2つ目は、財産をほとんど持っていないことです。これが相続と直接関わり、故人様から相続した財産は「利用し得る資産」として判断され、受給資格に影響します。3つ目は、親族からの援助が受けられないことです。
これら3つの条件をすべて満たし、それでもなお最低限度の生活を維持できない場合に、その不足分を補う形で生活保護が支給されます。そのため、相続によって一定の財産を得た場合、「自力で最低限度の生活が維持できる」と判断されれば、生活保護の受給資格に影響が出ることになるのです。
生活保護が停止または廃止されることがある

生活保護を受けているご遺族様が遺産を相続した場合、その金額や財産の種類によって生活保護の扱いが変わります。
一定額を超える財産を相続すると生活保護が打ち切られる可能性があり、逆に少額であれば受給が継続できることもあります。どのような基準で判断されるのか、詳しく見ていきましょう。
生活保護の「停止」と「廃止」とは

生活保護を受けているご遺族様が財産を相続すると、生活を送るために必要な財産が増えるため、生活保護の支給が「停止」または「廃止」される可能性があります。
| 受給資格 | 状態 | 再開手続き | |
|---|---|---|---|
| 停止 | 維持される | 一時的な中断 | 比較的簡単 |
| 廃止 | 失われる | 終了 | 新規申請が必要 |
まず「停止」とは、生活保護の受給資格は残したまま、一時的に保護費の支給を中断することをいいます。たとえば、一定の財産を相続したものの、それが長期間の生活を支えるほどではない場合に適用されることがあります。この場合、相続した財産を生活費に充てた後に、再び経済的に困窮すれば、比較的簡単な手続きで生活保護費の支給を再開することができます。
一方、「廃止」は生活保護の受給資格自体を失うことを意味します。これは相続した財産が十分に大きく、長期間にわたって最低限度の生活が維持できると判断された場合に適用されます。再び生活保護を受けたい場合は、新規申請として一から審査を受ける必要があります。
停止と廃止の判断基準は明確でない

実は財産を相続した際の、生活保護の停止や廃止を決める具体的な線引きは、法律上明確に規定されていません。ケースバイケースで判断されます。
ただし、実務上の一般的な運用としては、相続した財産で6ヶ月以内に再び保護を要する状態になることが予想される場合は「停止」、6ヶ月を超えて保護を要しない状態が継続すると認められる場合は「廃止」とする傾向があります。
具体例を挙げると、月々の生活保護費が12万円のご遺族様が50万円(6ヶ月分未満)の現金を相続した場合は「停止」にとどまる可能性が高いでしょう。一方、同じ方が150万円(6ヶ月分を超える)を相続した場合は「廃止」となる可能性があります。
しかし、これはあくまで目安であり、実際には相続財産の種類や金額だけでなく、ご遺族様の年齢、健康状態、就労の可能性、住居の状況など、様々な要素を考慮して判断されます。そのため、同じ金額を相続しても、個人の状況によって判断が異なることがあるのです。
生活保護受給者が相続で注意すべきこと

生活保護を受給している方が遺産相続に関わる場合、いくつかの重要な注意点があります。相続によって生活保護の受給資格に影響が出る可能性があるだけでなく、適切な手続きを怠ると思わぬトラブルに発展することもあります。
ここでは、葬儀業界の方々が知っておくべき基本的な注意点について解説します。
生活保護が不正受給になることがある

生活保護を受けているご遺族様が相続に関わる際に、最も注意すべきことの一つが「不正受給」のリスクです。
まず、遺産を相続した場合、その事実を速やかに福祉事務所やケースワーカーに届け出る必要があります。これは生活保護法で定められた義務であり、世帯の収入に変動があった場合には必ず報告しなければなりません。
「生活保護が打ち切られるかもしれないから…」と相続の事実を隠していると、不正受給とみなされてしまいます。不正受給が発覚すると、単に生活保護が停止・廃止されるだけでなく、不正に受給した保護費相当額に最大40%を上乗せして返還を求められることがあるのです。
また、近いうちに相続により財産が得られることがわかっていながら、それを隠して生活保護の申請をした場合も「虚偽の申請」となり、即座に支給が廃止される可能性があります。さらに、虚偽申請に悪質性が認められる場合には、これまでに受け取った生活保護費の返還義務が生じることもあります。
葬儀業界で働く方々が接するのは、多くの場合、故人様が亡くなられた直後のご遺族様でしょう。この時期は精神的な動揺もあり、相続に関する手続きや報告の必要性を見落としがちです。「相続が発生した場合は、必ず福祉事務所に報告する必要があります」と伝えることで、ご遺族様の将来的なトラブルを未然に防ぐ手助けになるかもしれません。
原則、相続放棄はできない

「生活保護を受けているけれど、相続することで保護が打ち切られるのが心配だから、相続放棄したい」と考えるご遺族様もいらっしゃるかもしれません。しかし、生活保護受給者は原則として相続放棄をすることができません。
相続できる財産があるにもかかわらず、それを受け取らずに国の保護に頼ることは、生活保護の受給条件に反すると考えられるからです。
ただし、以下のような場合は例外的に相続放棄が認められるケースもあります。
- 借金などのマイナスの財産がプラスの財産より多い場合
- 処分が困難な不動産(遠方の農地や古い家屋など)が含まれている場合
- その他、相続することでかえって生活環境が悪化する可能性がある場合
これらのケースでは、相続することでかえって生活が苦しくなってしまうため、相続放棄が認められることがあるのです。
故人様が生活保護を受けていた場合

これまでは生活保護を受給しているご遺族様が相続する場合について見てきましたが、故人様が生活保護を受けていた場合はどうなるのでしょうか。生活保護の受給権は引き継げるのか、不正受給があった場合の責任は誰が負うのかなど、ご遺族様が気になるポイントについて解説していきます。
生活保護を受給する権利は引き継げない

故人様が生活保護を受給していた場合、ご遺族様にとって気になるのは「その権利は相続できるのだろうか」という点かもしれません。結論から言うと、生活保護を受ける権利は相続することができません。
例えば、故人様が毎月受け取っていた生活保護費について、「亡くなった親の分の生活保護費を自分が引き継いで受け取りたい」といったことはできません。故人様の死亡によって生活保護の受給権は消滅し、ご遺族様が新たに生活保護を受けるためには、ご遺族様自らが受給条件を満たしている必要があります。
生活保護を受けていた方が亡くなられた場合、ご遺族様の中には「故人の生活保護はどうなるのか」と不安に思われる方もいるかもしれません。そのような場合には、「生活保護の権利は相続できません。そのためご自身が生活に困窮されているようであれば、新たに申請が必要です」とご案内すると良いでしょう。
不正受給があった場合はご遺族様が返還する

故人様が生前に生活保護を不正受給していたことが判明すると、その返還義務がご遺族様に引き継がれます。
不正受給とは、例えば故人様が収入や財産を偽って申告していた場合や、収入が増えたにもかかわらず報告せずに受給を続けていた場合などが該当します。具体的には、仕事をして収入があるのに隠していた、家や車の所有を隠していた、年金の繰り上げ受給で収入が増えたのに報告しなかったといったケースです。
「故人が何をしていたか知らないのに、なぜ私が返さなければならないの?」と思ってしまいますが、法律上は債務も相続の対象となるため、不正受給による返還義務も相続されてしまうのです。
もし返還義務に応じることが難しい場合、いくつかの選択肢があります。1つは生活保護法第80条に基づく返還免除です。「やむを得ない事由」があると認められれば、返還が免除される可能性があります。ただし実際に免除されることは少なく、分割納付が認められる程度なことが多いです。
もう1つの選択肢は相続放棄です。不正受給による返還義務などマイナスの財産が多い場合などに適しています。ただし、相続放棄は財産をすべて放棄することになるため、「返還義務のみを放棄する」ことはできません。また、相続の開始を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所に申し立てる必要があります。
「葬祭扶助制度」で葬儀費用が支給される

故人様が生活保護を受給していた場合、葬儀費用の負担はどうなるのでしょうか。基本的には、故人様の親族や扶養義務者が葬儀費用を負担することになりますが、経済的な事情により困難な場合には「葬祭扶助制度」が利用できます。
この葬祭扶助制度は生活保護法第18条に規定されているもので、扶養義務者が生活保護を受給している場合や経済的に困窮していて葬儀費用を負担できない場合に適用されます。また、故人様に身寄りがない場合や、生前に親しくしていた方(友人や施設の関係者など)が葬儀を執り行う場合にも、必要に応じて支給されることがあります。
なお、この制度で行われる葬儀は「生活保護葬」「福祉葬」「民生葬」などの呼び名で知られており、一般的には火葬のみの簡素な内容となります。通常の通夜式や葬儀・告別式は含まれず、必要最低限の範囲内で執り行われます。
生活保護葬とは別に、低価格な葬儀の選択肢として「区民葬」という制度もあります。これは東京23区内に居住している方が亡くなった場合や、23区内の住民が喪主を務める際に利用できる制度で、葬儀内容を必要最小限に抑えることで低価格で提供しています。
名称から区が資金を出しているように思われがちですが、実際には行政からの補助金はなく、区民葬儀取扱指定店の葬儀社が奉仕の精神で提供しているサービスとなります。
生活保護受給者の相続にかかわるサポート制度

生活保護受給者の相続や、生活保護を受けていた方の死後の手続きでは、いくつかのサポート制度が役立ちます。特に身寄りがない方や判断能力が低下した方に有効な制度を紹介します。
成年後見制度の活用
生活保護受給者であっても、認知症や知的障害など判断能力が低下した場合、「成年後見制度」を利用できます。成年後見人は本人の財産管理や契約行為を代行します。また、生活保護の申請や手続きも代理で行うことができます。
生活保護を受けていた被後見人が亡くなると、成年後見人の権限は原則消滅しますが、親族がいないなど社会通念上やむを得ない場合には、成年後見人が葬儀などの死後事務を行うことがあります。その場合は、前述した葬祭扶助制度を利用した必要最低限の葬儀が一般的です。
身元保証等高齢者サポート事業
「身元保証等高齢者サポート事業」も生活保護受給者を支える仕組みです。この民間サービスは「身元保証」「日常生活支援」「死後事務」の3つを柱としており、病院・施設入居時の保証、日常生活の買い物支援、葬儀や遺品整理などの死後事務サポートを行っています。
高齢者単身世帯が増加する中、こうしたサポート制度へのニーズも高まっています。葬儀社の皆様は、これらの制度について理解を深めることで、生活保護受給者やご遺族に役立つ情報を提供できるでしょう。なお、身元保証サービスを選ぶ際は、サービス内容や費用が事業者によって大きく異なるため、信頼できる事業者を慎重に選ぶよう案内することが大切です。
故人様の預貯金は通常通り相続できる

故人様が生活保護を受給していたとしても、故人様が残した預貯金や財産は、通常の相続ルールに従ってご遺族様が相続することができます。生活保護で得た預貯金だからといって、特別なルールが適用されるわけではありません。
「生活保護を受けていた人に預貯金があるの?」と疑問に思われるかもしれませんが、実際には少額の預貯金を持っていることは認められています。また、生活保護受給中に入ってきた臨時収入(保険金や各種給付金など)の一部が残っているケースもあります。
葬儀社の方々が覚えておくと役立つのは、故人様が生活保護受給者だった場合でも、基本的な相続の流れは変わらないということです。
まとめ
生活保護と相続の関係について、主なポイントを見てきました。生活保護を受けているご遺族様も当然ながら相続する権利はありますが、相続した財産によっては生活保護が「停止」または「廃止」される可能性があります。また、相続の事実を隠すと「不正受給」となり、後々大きな問題になることも覚えておきましょう。
一方、故人様が生活保護を受けていた場合は、その受給権を引き継ぐことはできません。また、故人に不正受給があった場合は、その返還義務がご遺族様に引き継がれることもあります。これらの知識を持っておくことで、ご遺族様の不安に適切に対応できるでしょう。
葬儀社の皆様にとって大切なのは、生活保護に関する相談は基本的に福祉事務所が窓口であることを伝えることです。「生活保護と相続について迷ったことがあれば、まずは福祉事務所に相談しましょう」とご案内することで、ご遺族様の不安解消や将来的なトラブル防止につながります。


