「成年後見制度」は知的障害・精神障害・認知症などの影響で、判断能力が不十分な方を保護するために、本人の意思を尊重しつつ支援する仕組みとして2000年の民法改正に伴い施行されました。
しかし実際のところ、本来であれば保護すべき立場である成年後見人からの搾取など、被後見人に不利益を与える事例が後を絶ちません。
こうした問題を受け、監督機能の充実・強化、制度の運用方法見直しについて、すでに国会でも議論が始まっています。
そこで本記事では、実際に起こった事例とともに、成年後見制度が抱える問題について詳しく解説します。
葬儀と成年後見制度の関係性についても解説していますので、ぜひ最後までご覧ください。
成年後見制度をめぐるトラブル
元弁護士の男性が平成28年から令和3年にかけて、成年後見人・相続財産管理人として管理していた3人の口座から20回に分けて7200万円を着服したとして、令和5年3月に業務上横領罪で在宅起訴されました。
また、長野県の社会福祉協議会では、成年後見制度の事務を担当する男性が成年後見人として管理していた5人の口座から、約1400万円が引き出したという事例があります。
こうした事例は枚挙にいとまがなく、表面化した事例だけでもかなりの数にのぼります。
ここ最近の事例発生件数と被害額をまとめたのが以下のグラフです。
後見人等による不正事例
平成26年をピークに成年後見人による不正件数は減少傾向が続いていましたが、令和4年は微増となりました。
令和4年の不正案件は191件で、うち専門職の成年後見人が20件、専門職外(親族等)による不正が171件になっています。
また不正とはいえないまでも、家族や親族によるトラブルが発生しています。
親の財産に対する考え方の違いから、家族の一人が法定後見制度を申請し、施設に入所中の親の面会を制限させたということがありました。
法定後見人がつくと、被後見人の預金通帳などの財産がすべて管理下におかれます。
被後見人の年金などを生活費の一部としてきた配偶者が年金が使えなくなり、生活が苦しくなったり、家族が被後見人のために財産を使うことさえ制限されることも珍しくありません。
判断能力が十分でない人を守る手段として、成年後見制度は非常に有効ですが、現状では制度の問題点も少なくありません。
メリット、デメリットも含め、成年後見制度について理解を深めておくことはとても重要です。
成年後見制度の役割
成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害などにより、判断能力が十分でない人が、不利益を被らないよう、生活に必要な財産管理や法律行為の支援を行う制度です。
成年後見制度で保護される人を「成年被後見人(以下、被後見人)」、被後見人を法律的に保護する人を「成年後見人」と言います。
ここからは「成年後見制度」の実情について、分かりやすく紹介します。
成年後見制度の現状
成年後見制度の利用件数は、2000年の制度施行後、年々増加傾向にありました。平成24年以降は、横ばいとなっています。
令和4年の成年後見関係事件(後見開始、保佐開始、補助開始及び任意後見監督人選任事件)の申立件数は、合計で39,719件になりました。
親族後見人と第三者後見人の選任割合の長期推移
令和4年に成年後見人等に選任された人の内訳は、第3者後見人が80.9%で、親族の19.1%を大きく上回っています。
成年後見制度が開始された平成12年は、親族後見人の割合が9割でした。その後、第3者後見人(専門職後見人:弁護士、司法書士、社会福祉士等)の割合が増え続け、平成24年に逆転しています。
成年後見制度利用のきっかけ
成年後見制度を申立した主な動機として、もっとも多いのが預貯金等の管理・解約です。次いで身上保護、介護保険契約になっています。
成年後見人の役割
成年後見人の役割は、「身上監護」と「財産管理」です。
成年後見人は職務にあたる際、被後見人の意思の尊重とともに、心身の状態や生活状況に対する配慮が必要になります。
身上監護
身上監護とは、被後見人の生活や健康の維持、療養などのサポートをすることです。施設入所の契約や入院の手続き、生活環境の整備などが仕事になります。
実際の介護や家事、食事の世話などの事実行為は含まれません。
財産管理
財産目録を作成し、被後見者に代わり、通帳や印鑑、保険証書をはじめとする財産を管理します。また、被後見人に必要な経費の支払いや収支を記録したり、契約や財産に関する法律行為を行います。
後見は、長期に及ぶことが多いため、経済的に破綻しないよう配慮しながら計画的に支出をすることが必要です。
なお、成年後見人の職務は被後見人の生存期間のみが対象となり、葬儀や遺品整理などの死後事務は含まれません。
ただし、平成28年に法改正され、必要な範囲内で死後事務を行なえることが明文化されました。(保佐、補助、任意後見、未成年後見には適用されません)
また、事前に死後事務委任契約を結ぶことで、あらかじめ成年後見人に死後事務を依頼することも可能です。
成年後見制度利用のメリット
成年後見制度を利用することにより、入院や施設入所などの手続きや契約などのサポートを受けられます。
また、被後見人が行った不要な契約を取り消せるほか、身近な人による使い込みを防ぎ、被後見人の保護をする、計画的に資産を使い経済的な破綻を防ぐなど、さまざまなメリットが考えられます。
成年後見制度のしくみ~任意後見制度と法定後見制度~
成年後見制度には、判断力があるうちに契約を結ぶ「任意後見制度」と、すでに判断力が低下した方の権利を保護するための「法定後見制度」があります。
それぞれについて詳しく紹介します。
任意後見制度
本人(被後見人)に十分な判断能力があるときに、判断能力が低下したときに備え、本人が任意後見人の受任者、後見してもらう内容を決めて任意後見契約を締結しておく制度です。
任意後見人の権限は、契約で決めた範囲内になります。
申立てにより、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで、任意後見契約の効力が生じます。
※任意後見監督人:家庭裁判所により選任されます。任意後見人になる人や任意後見人の配偶者、直系血族、兄弟姉妹は、任意後見監督人になることはできません。多くの場合、弁護士や司法書士などの専門職や法律、福祉に関わる法人などの第三者が選ばれます。
法定後見制度
本人(被後見人)の判断力が低下してから、家庭裁判所に申立てて利用する成年後見制度です。
成年後見人等は家庭裁判所により選任されます。後見人の候補者を提案しても、その人が成年後見人として選任されるとは限りません。
基本的にその効力は被後見人が死亡するまで続きますが、必要に応じて、後見監督人(保佐監督人、補助監督人)が選出されます。
法定後見制度は、後見・保佐・補助に分かれます。
- 代理権:本人に代わり財産に関する法律行為を行うことができます。委任(委任状)は不要です。身分行為(結婚、離婚、養子縁組など)や遺言書の作成はできません。
- 同意権:本人(被保佐人、被補助人)が契約しようとするときに同意を与えたり、無断で行った契約を取り消すことができます。
- 取消権:本人が代理人(成年後見人等)の同意を得ずに行った法律行為を取り消すことができます。日用品の購入や日常生活に関する行為は取り消すことができません。
後見
本人(被後見人)に判断能力がほとんどない場合に適用されます。
日常生活を営むことすら難しいため、本人の生活全般にわたり、成年後見人が法的に保護します。成年後見人には、財産に関する法律的な決定権を下す権限を与えられ、代理権、取消権を持ちます。
同意権は、被後見人は法律行為自体が難しいため、与えられていません。
保佐
本人(被保佐人)が日常的な生活が可能であっても、判断能力が著しく低下し、財産に関する重要な法律行為に不安がある場合などに適用されます。
保佐人は法的権限として、民法13条1項の行為に関して、同意権、取消権を持ち、重要な契約などを行う際に支援します。(※2)
代理権は、家庭裁判所に申し立てることにより、必要に応じて本人と家庭裁判所が認めた行為にのみ与えられます。(※1)
民法13条1項
被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし第9条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
- 元本を領収し、又は利用すること。
- 借財又は保証をすること。
- 不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること。
- 訴訟行為をすること。
- 贈与、和解又は仲裁合意(仲裁法(平成15年法律第138号)第2条第1項に規定する仲裁合意をいう。)をすること。
- 相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること。
- 贈与の申込みを拒絶し、遺贈を放棄し、負担付贈与の申込みを承諾し、又は負担付遺贈を承認すること。
- 新築、改築、増築又は大修繕をすること。
- 第602条に定める期間を超える賃貸借をすること。
- 前各号に掲げる行為を制限行為能力者(未成年者、成年被後見人、被保佐人及び第17条第1項の審判を受けた被補助人をいう。以下同じ。)の法定代理人としてすること。
補助
日常生活にあまり問題がなく、本人(被補助人)による資産の管理がある程度できるものの、判断力が不十分である場合に適用されます。
本人が単独で行うことが難しい事柄について、補助人には個別に権限が与えられます。
代理権は家庭裁判所が認めた行為(※3)、同意権、取消権は、民法13条1項の行為において、家庭裁判所から付与された権限の範囲(※4)で法的行為の支援を行います。
成年後見制度の報酬
成年後見制度を利用する場合、被後見人の財産から、成年後見人、成年後見監督人(保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人、任意後見監督人も同様)に、相当額の報酬を支払うことが必要です。
報酬の額は、法律で基準が決まっておらず、家庭裁判所の審判により決定します。
長野家庭裁判所が管理財産額別に提示している報酬の目安は以下の通りです。
成年後見人、保佐人、補助人の報酬
- 1000万円以下 月額1万円~2万円程度
- 1000万円~5000万円 月額3万円~4万円程度
- 5000万円以上 月額5万円~6万円程度
成年後見監督人、保佐監督人、補助監督人、任意後見監督人の報酬
- 5000万円以下 月額5000円~2万円程度
- 5000万円以上 月額2万5000円~3万円程度
- 状況に応じ、増額もしくは減額されることがあります。
さらに成年後見人に対し、、困難な業務や、身上監護に特殊な事情がある場合には、基本報酬の50%までの範囲で付加報酬が支払われます。
任意後見人の報酬
任意後見人の報酬の額は、双方納得の上で自由に決めることができます。支払いは必須ではありません。
家族が任意後見人となる場合、無報酬~月額3万円程度になることが多いようです。
なお、裁判所により選任された後見監督人に対し、報酬の支払いが必要になります。
法定後見人の報酬
法定後見人の場合は、前述のとおり財産の状況やその他の事情を鑑みて、家庭裁判所により報酬が決められます。
成年後見制度の問題点
成年後見制度は被後見人を保護するための制度ですが、さまざまな問題点も指摘されています。
費用負担が大きい
成年後見人に対し、被後見人の財産から報酬を払い続けることが必要です。後見制度の利用は長期にわたるケースが多く、重い費用負担になることが考えられます。
※成年後見制度利用支援事業
成年後見制度の利用が必要にも関わらず、後見等の申立てを行う親族がいない場合、自治体の長が代わって申し立てる制度です。
被後見人が成年後見制度を利用するための費用負担が難しい場合、助成を受けることができます。助成金額は自治体により異なります。
相続対策ができない
成年後見制度は、あくまでも被後見人を保護・支援する制度です。相続人にとって有益である生前贈与などの相続税対策はできません。
資産運用ができない
成年後見制度では、不動産活用や投資などのリスクがある行為は禁止されています。
申立の手続きが煩雑
成年後見を申立てる手続きや書類の収集には手間や時間、費用が必要です。
親族の同意書を得られない場合は、さらに時間がかかります
本人の口座からお金を出金することができない
専門職が後見人になった場合、家族であっても被後見人の口座から直接お金を引き出せません。
立て替え払いをして、領収書を提出して後見人にお金を引き出してもらうことになります。
成年後見人による不正やトラブル
減少傾向にあるものの、成年後見人による横領などの不正が発生しています。
また、被後見人の身内が成年後見人になった場合、財産をめぐりトラブルに発展するケースも見受けられます。
成年後見人が被後見人に関心がない
成年後見人の仕事である「財産管理」と「身上監護」は、被後見人と会うことなく成立させることができます。法律で定められている面会の義務はありません。被後見人とほとんど会わずに仕事をする成年後見人に対し、不満を持つ家族は多いようです。
成年後見人と被後見人の利益が相反する
家族が被後見人の幸せを考えた支出を提案しても、成年後見人に却下されるというケースが増えています。
被後見人、家族に対し、必要以上の節約を求め、財産が減ることを避けようとするのです。
被後見人の財産の額が成年後見人に支払われる報酬額に影響を与えることから、家族の不信感につながります。
途中で解任できない
特別な理由がない限り、途中で成年後見人を解任することはできません。
成年後見制度の利用を中断できない
成年後見制度は、基本的には被後見人の死亡まで続きます。
ただし、被後見人が回復した場合など、後見人が不要となったことを医学的に証明することで、家庭裁判所に「後見開始の審判取消の申立て」をすることができます。
葬儀と成年後見制度の関係性
「成年後見制度」において、被後見人が死亡した時点で後見人の業務は終了するため、基本的に被後見人の葬儀に後見人が関わることはありません。
被後見人が遺した財産は相続人に引き継がれますので、葬儀についてはご遺族などが執り行うこととなります。
ただし、ご遺族などの相続人がすぐに駆け付けられない場合(海外赴任中など)は、火葬又は埋葬に関する契約の締結等といった一定の範囲の事務を行うことができるとされています。
とはいえ、こういった対応はイレギュラーなケースとなりますので、原則的に被後見人の死亡後については、ご遺族などに委ねられます。
参照:法務省『「成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が平成28年10月13日に施行されました。』
また現時点ではレアケースであるものの、葬儀の「生前契約」については成年後見人が関与する可能性もあります。
こういったケースについては対応していない葬儀社様も多いようですが、場合によっては法律の専門家に相談するなどして、機会損失につながらないよう、社内で対応方法を共有しておくべきでしょう。
おわりに
今回は、令和5年4月時点の成年後見制度についてまとめました。
現在の成年後見制度に対し、さまざまな問題が指摘されています。
政府は、令和8年までに関連法案の国会提出を目指して検討を始めました。
主な検討課題は、以下の3点です。
- 本人にとって適切なときに必要な範囲・期間で制度を利用できるようにする
- 終身ではなく有期(更新)で利用できる制度にし、見直しの機会を設ける
- 本人の状況に応じて、後見人を柔軟に交代できるようにする
令和3年の成年後見制度を利用している人は24万人に対し、実際に判断能力が不十分であるとみられる人の総数は、1000万人と推計されています。
ますます高齢化がすすむ中で、成年後見制度は、被後見人の保護や生活、それを支える人にとって重要な制度になっていくことが予想されます。
まずは、現状の成年後見制度のメリット・デメリットを把握したうえで、制度を活用していくことが大切ででしょう。