本書の最大のストロングポイントは、膨大な部会資料、議事録、判例をエビデンスとして、改正相続法すべての本則と附則を逐条解説している点にあります。
弁護士、司法書士、行政書士、税理士、公認会計士などの実務家の理解を確実なものにする1冊。
【本書の特徴】
●「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」および「法務局における遺言書の保管等に関する法律」の本則に加え、附則も含めた全条文を網羅
●改正法の条文の後に、新旧対照を容易にするため、改正前民法も掲載
●「趣旨」には改正の理由を、「内容」には改正条文の文言の意味を、「実務への影響」には今後の実務上の注意点を、わかりやすく解説
●関連する判例・裁判例を「参考判例等」として、ピックアップ
●有機的な理解を可能にするクロス・リファランス
【逐条解説例】
ここでは、本書で扱っている逐条解説のうち、新たに条文が設けられた「遺産の分割前における預貯金債権の行使」より抜粋して紹介します。
————————————————————————-
(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第909条の2
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
(新設)
————————————————————————-
解 説
1 趣旨
判例は、可分債権は当然に分割されるから遺産分割の対象ではないとし(⇨判例1)、預貯金債権についても同様としていた(⇨判例2)。ところが、平成28(2016)年12月19日に預貯金債権については判例が変更され、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である」と判断するに至った(⇨判例3)。
この判例変更によって、「共同相続人において被相続人が負っていた債務の弁済をする必要がある、あるいは、被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要があるなどの事情により被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要があるにもかかわらず、共同相続人全員の同意を得ることができない場合に払い戻すことができないという不都合が生ずるおそれがあることとなった」(追加試案補足12頁)。
この不都合を生じさせないため、家事事件手続法200条(遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分)も改正されたが、「保全処分の要件を緩和したとしても、相続開始後に資金需要が生じた場合に、裁判所に保全処分の申立てをしなければ単独での払戻しが一切認められないことになれば、相続人にとっては大きな負担になるとも考えられる」(追加試案補足17頁)。
そこで、本条は、相続人にとって負担が大きくなりすぎないようにするため、裁判所に保全処分の申立てをすることなく、一部の相続人が単独で払戻しができる場合について要件・効果を定めた。
2 内容
(1) 単独の権利行使
本条前段は、「各共同相続人は……単独でその権利を行使することができる」と定めている。
これは、判例3によって遺産分割がされるまでは各共同相続人が単独で預貯金債権の払戻しを受けることができないこととなったため、遺産に含まれる預貯金債権のうち一定額については、各共同相続人が裁判所の判断を経ることなく、単独でその払戻しを請求することができる制度を設けたものである。
この制度に基づいて金融機関に対して払戻しを請求する際の提出書類については、「被相続人が死亡した事実、相続人の範囲、それから払戻しを求める法定相続分がわかる資料を提出していただく必要がございます。具体的には、これらの事実を証します戸籍や法定相続情報証明書がこれに該当することと考えられますが、共同相続人であれば比較的容易に入手することができるものでありまして、その手続は基本的に容易なものであると考えております」と説明された(小野瀬民事局長:衆議院会議録21号3頁)。
(中略)
3 実務への影響
(1) 預貯金債権について
本条は、判例3によって遺産分割の対象とされた預貯金債権について、家庭裁判所の判断を経ることなく単独で権利行使できる場合を認めるものであり、実務上の意義は大きい。本条の新設に伴い、家事事件手続規則102条1項に4号が加えられ、遺産の分割の審判の申立書には「民法909条の2に規定する遺産の分割前における預貯金債権の行使の有無及びこれがあるときはその内容」を記載しなければならないこととされた。本条による権利行使がされたことはその余の遺産分割に影響を及ぼすためである。
この点、預金規定上の契約上の制限との関係については、「預貯金債権につき、本来は共同相続人全員でなければ権利行使をすることができないところ、法律上の規定を設けて、一定額の範囲内で共同相続人の1人による単独での権利行使をすることができるということですので、預金規定上にその制限が付いている場合について、その契約上の制限まで解除する趣旨ではない」と説明された。このことは本条が強行法規ではないことを意味しており、「基本的には契約上の制限を解除するものではないという理解でございますので、別途契約で制限が払戻し制限が付いているといった場合については、そちらに委ねられるということ」になる。ただし、「その契約上の制限が、民法第90条や消費者契約法に反するような場合については、その制限そのもの自体が無効となる可能性がある」ことに注意する必要がある(神吉関係官:部会議事録24回6~7頁)。
(中略)
【参考判例等】
1 最高裁昭和29年4月8日判決・民集8巻4号819頁
相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解するを相当とする。
2 最高裁平成16年4月20日判決・判時1859号61頁
相続財産中に可分債権があるときは、その債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係に立つものではないと解される(前掲参考判例1参照)。したがって、共同相続人の1人が、相続財産中の可分債権につき、法律上の権限なく自己の債権となった分以外の債権を行使した場合には、当該権利行使は、当該債権を取得した他の共同相続人の財産に対する侵害となるから、その侵害を受けた共同相続人は、その侵害をした共同相続人に対して不法行為に基づく損害賠償または不当利得の返還を求めることができるものというべきである。
3 最高裁平成28年12月19日大法廷決定・民集70巻8号2121頁
(1) 預貯金契約は、消費寄託の性質を有するものであるが、預貯金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には、預貯金の返還だけでなく、振込入金の受入れ、各種料金の自動支払、定期預金の自動継続処理等、委任事務ないし準委任事務の性質を有するものも多く含まれている(最高裁平成21年1月22日判決・民集63巻1号228頁参照)。そして、これを前提として、普通預金口座等が賃金や各種年金給付等の受領のために一般的に利用されるほか、公共料金やクレジットカード等の支払のための口座振替が広く利用され、定期預金等についても総合口座取引において当座貸越の担保とされるなど、預貯金は決済手段としての性格を強めてきている。また、一般的な預貯金については、預金保険等によって一定額の元本およびこれに対応する利息の支払が担保されている上(預金保険法第3章第3節等)、その払戻手続は簡易であって、金融機関が預金者に対して預貯金口座の取引経過を開示すべき義務を負うこと(前掲最高裁平成21年1月22日判決参照)などから預貯金債権の存否およびその額が争われる事態は多くなく、預貯金債権を細分化してもこれによりその価値が低下することはないと考えられる。このようなことから、預貯金は、預金者においても、確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められているといえる。
(後略)
【書籍情報】
書 名:実務解説 改正相続法
中込 一洋/著
判 型:A5判
頁 数:368頁
発売日:2019年5月10日
定価:2,800円+税
I S B N:978-4-335-35789-3
発行元:弘文堂
URL:https://www.koubundou.co.jp/book/b453691.html
【著者プロフィール】
中込一洋(なかごみ・かずひろ)
弁護士:東京弁護士会所属、46期、司綜合法律事務所
昭和40年生まれ
昭和63年3月 法政大学法学部卒業
平成30年9月 最高裁判所家庭規則制定諮問委員会幹事
【主要著作】
「告知義務違反解除と詐欺・錯誤」『遠藤光男元最高裁判所判事喜寿記念文集』(ぎょうせい・平成19年9月)
「重過失とは何か」『下森定先生傘寿記念論文集 債権法の近未来像』(酒井書店・平成22年12月)
『逆転の交渉術』(幻冬舎・平成25年9月)
『駐車場事故の法律実務』(共著、学陽書房・平成29年4月)
『Q&A ポイント整理改正債権法』(共著、弘文堂・平成29年7月)
『実務解説改正債権法』(共著、弘文堂・平成29年7月)
『債権法改正事例にみる契約ルールの改正ポイント』(共著、新日本法規・平成29年7月)
『Before/After 民法改正』(共編著、弘文堂・平成29年9月)
『Q&A 改正相続法のポイント』(共著、新日本法規・平成30年11月)
『Q&A 改正相続法の実務』(共著、ぎょうせい・平成30年12月)
『ケースでわかる改正相続法』(共著、弘文堂・平成31年3月)