遺言書の作成方法には、全文を遺言者が自筆で記入する「自筆証書遺言」と、遺言者が公証人に遺言の内容を伝え、公証人が遺言書を作成する「公正証書遺言」があります。
このうち「自筆証書遺言」について、パソコンやスマートフォンでの作成を検討するための有識者会議が、2023年10月中にも設置されるとの報道がありました。民法改正も視野に入れることとなるため、法務省も参加するとのことです。
こうした行政の動きには、相続に関連する家族間の紛争防止に向け、遺言書の活用を促進する狙いがあるようです。
遺言書の作成は、すべての家庭で必要となるわけではありませんが、多死社会を迎えた日本では今後も相続発生件数の増加が予想されますので、遺言書作成の省力化は歓迎すべき取り組みといえるでしょう。
そこで本記事では、現行法における遺言書の作成方法や費用、デジタル機器を使用した遺言書作成の解禁によって期待できる効果などについて解説いたします。
葬儀業界においても、すでに相続関連サービスの提供に踏み切った企業も散見されますので、ぜひ最後までご覧ください。
遺言書の作成・保管方法と費用
遺言書の作成方法については、民法第5編の第7章で定められており、自筆証書遺言については第968条に、公正証書遺言については第969条にそれぞれ記載があります。
前述したように、遺言書を作成する方法は自筆証書遺言と公正証書遺言に大きく分けられますが、保管方法や必要となる費用もそれぞれ異なります。
遺言書のデジタル対応がもたらす効果を理解するうえで、必要不可欠な知識となりますので、詳しく紹介します。
自筆証書遺言
自筆証書遺言は、原則的に全文を遺言者が自筆で記入する遺言書で、定められた書式にのっとって作成することで、はじめて法的な拘束力を持ちます。
また遺言者が亡くなった際は、速やかに家庭裁判所へ提出して、検認を受ける必要があります。
作成方法
自筆証書遺言については、以下の要件を満たした書式で作成する必要があります。
- 財産目録は除き、遺言者本人が全文を自筆で記入する
- 作成した日付を自筆で正確に記載
- 署名・捺印
自筆証書遺言は、必ず手書きで作成する必要があり、代筆・音声・映像などで構成されたものは全て無効になります。
これまでは、遺言者の真意を担保するために、財産目録以外の全文を自筆で記述することが求められていたため、不安を感じる方は公正証書遺言を選択するケースも多かったようです。
しかし遺言書作成時のデジタル機器使用解禁が実現すれば、遺言者の負担は大幅に軽減されるため、自筆証書遺言を選択する方も増えるかもしれません。
*財産目録について
以前までは財産目録も自筆でしたが、2020年7月に施行された改正民法により、財産目録の部分についてはパソコンでの作成が可能となりました。
ただし、添付書類の全ページには、遺言者の署名・捺印が必要です。
修正方法
遺言書は、書き終えた後も、加筆したり、一部を削除したりと、いつでも、何度でも書き直しや訂正が可能です。
とはいえ、自筆証書遺言の文面を訂正する場合や、一部を削除、あるいは加筆する方法についても、民法で以下のように定められています。
自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
出典:民法 第968条
自筆証書遺言の内容を修正する場合、以下の要素を満たしていないと、有効と認められないことになります。
- 遺言者自身がおこなうこと
- 削除や加筆・修正した部分を明確に示すこと
- 余白部分などに変更した旨を書き加え、署名すること
- 変更場所に押印すること
文章の一部を削除、または修正する場合は、該当部分を二重線で消しますが、この際に修正液などを使用すると、遺言書自体が無効となることもありますので注意が必要です。
ただ、こういった訂正の手順も、パソコンやスマートフォンでの遺言書作成が解禁された場合は、大幅に変更される可能性があります。
保管方法
自筆証書遺言の保管方法については、法的な定めなどは無いため、自宅の金庫で保管したり、身内に預けておいたりすることも可能です。
また、銀行の貸金庫に預ける、あるいは信託銀行の遺言信託サービスを利用するといった方法も選択できます。
さらに、遺言書を法務局に預けられる自筆証書遺言書保管制度が、2020年7月10日から施行されました。この制度を利用すると、遺言書の紛失や隠匿・改ざんなどを防ぐことができるうえ、家庭裁判所での検認も不要になります。
ただし、この制度を利用するうえでは、以下のようなデメリットもある点は、念頭に入れておきましょう。
- 本人が申請のために管轄の法務局に出向く必要がある
- 住所や名前の変更をした際に再度手続きが必要になる
- 保管した遺言書を訂正するためには法務局に足を運ぶ必要がある
費用
自筆証書遺言の作成については、特に費用は必要ありません。
ただし、法務局が遺言書の原本を保管してくれる「自筆証書遺言書保管制度」を利用した場合は、1件につき3,900円の手数料がかかります。
公正証書遺言
公正証書遺言とは、遺言者が公証人に遺言の内容を伝え、公証人が作成する遺言書です。
遺言書の原本は公証人が管理するため、失くしてしまう、あるいは隠されてしまうといった心配はありません。
また、相続手続きをする際に家庭裁判所の検認は不要となります。
作成方法
公正証書遺言は、遺言人が病気などといった特段の事情がない限り、公証役場で作成するのが原則です。
2人以上の証人の立ち会いのもと、公証人がパソコンで作成し、遺言人が記載内容を確認して最後に署名・押印することで完成となります。
公正証書遺言作成の一般的な流れは、以下の通りです。
- 遺言者が遺言書の内容を決め、公証人と打ち合わせる
- 公証役場に遺言作成依頼の連絡を入れる
- あらかじめ、公証役場へ遺言書の内容と必要書類のコピーを送付しておく
- 作成日当日は、本人が公証役場に出向く
- 公証人が遺言者の本人確認・口述・意思確認を行う
- 遺言者と証人2名の署名捺印
- 公証人が署名捺印(公証人が作成した証書である旨の付記)
- 公正証書遺言の完成
修正方法
公正証書遺言は、公証役場に原本が保管されているため、遺言者自身で修正することはできません。
遺言書の内容を変更する場合は、再度遺言書を作り直す必要があります。
一部の修正や内容の補充であれば「更正証書」や「補充証書」の作成で事足りる場合もありますが、公正証書遺言を一から作成するのと同じ手順を踏むことになるため、基本的に新しい公正証書遺言に作り直すことが推奨されています。
保管方法
公正証書遺言の原本は公証役場に保管され、遺言者には原本の写しである正本・謄本が渡されます。
万が一、正本を紛失してしまった場合も、原本は公証役場で保管されているため、再発行が可能です。
正本:遺言書原本の写しで、原本と同じ効力を持つ
謄本:正本と同様に遺言書原本の写しだが、法的な効力は持たない
費用
公正証書遺言の作成に必要となる費用は、公証人手数料と専門家などに支払う費用に大きく分けられます。
公証人手数料
公正証書遺言の作成にあたっては、公証人手数料が必要になりますが、その金額は公証人手数料令で定められています。
受遺者が受け取る財産の額によって手数料が決まりますが、受遺者が複数の場合は全員分の手数料を合算して算出します。
法律行為の目的の価額 | 金額 |
100万円以下のもの | 5000円 |
100万円を超え200万円以下のもの | 7000円 |
200万円を超え500万円以下のもの | 1万1000円 |
500万円を超え1000万円以下のもの | 1万7000円 |
1000万円を超え3000万円以下のもの | 2万3000円 |
3000万円を超え5000万円以下のもの | 2万9000円 |
5000万円を超え1億円以下のもの | 4万3000円 |
1億円を超え3億円以下のもの | 4万3000円に超過額5千万円までごとに1万3000円をを加算した額 |
3億円を超え10億円以下のもの | 9万5000円に超過額5千万円までごとに1万1000円をを加算した額 |
10億円を超えるもの | 24万9000円に超過額5千万円までごとに8000円を加算した額 |
*公証人に出張を依頼する場合
遺言者が病気やケガで公証役場に出向けないケースで、公証人に出張してもらう場合は、手数料が1.5倍になるほか、交通費や日当(1日2万円、4時間まで1万円)が、別途必要となります。
専門家に依頼した場合の費用
公正証書遺言の作成には、2名以上の証人に立ち会ってもらう必要がありますが、この証人を弁護士や司法書士・行政書士に依頼した場合、1人当たり1万円ほどの費用が発生します。
また、公正証書遺言の原案作成や、必要書類の収集などを専門家に依頼した場合は、さらに費用が必要です。
公正証書遺言の作成を専門家に依頼した場合の費用は、相続財産の金額や受遺者の人数によって異なりますが、大まかな費用相場は以下のとおりです。
- 司法書士:5万~10万円
- 行政書士:約10万円
- 弁護士:20万~100万円
自筆証書遺言のメリット・デメリット
2017年に法務省が行った「我が国における自筆証書による遺言に係る遺言書の作成・保管等に関するニーズ調査・分析業務」によると、55歳以上で自筆証書遺言を作成したことがある方は全体の3.7%、公正証書遺言を作成したことがある方は全体の3.1%となったようです。
自筆証書遺言の方がやや多いという結果になったようですが、自筆証書遺言には多くのメリットがある反面、少なからずデメリットも存在します。
メリット
紙とペンさえあれば、いつでも作成できる、自筆証書遺言には以下のようなメリットがあります。
- 遺言者が1人で作成できる
- 自宅保管の場合は訂正も容易
- 遺言の内容を誰にも知られない
- 公正証書遺言にくらべ費用負担が少ない
- 証人は不要
自筆証書遺言がもつメリットとしては、比較的自由度が高く、費用負担が少ない点があげられます。
デメリット
遺言者が一人で自筆証書遺言を作成する場合、以下のようなデメリットがあります。
- 所定の要件を満たしていないと遺言自体が無効になる
- 誰にも発見されず遺言書自体が無駄になる可能性がある
- 改ざんや偽造のリスクがある
- 遺言者自身が遺言書を保管する場合、盗難や紛失のリスクがある
- 相続発生後に、家庭裁判所の検認が必要となるため、遺言の執行までに一定期間が必要
自筆証書遺言には上記のようなデメリットがありますが、その多くは前述した自筆証書遺言書保管制度を利用することで予防が可能です。
1件につき3,900円の手数料がかかりますが、自筆証書遺言を作成・保管するのであれば、制度を利用しておいた方が無難でしょう。
デジタル機器での遺言書作成解禁で何が変わる
ここまでは現行法にもとづいた遺言書の作成方法や保管方法について解説してきましたが、遺言書の作成にパソコンやスマートフォンが使えるようになると、どういった変化が期待できるのでしょうか?
文面の修正が容易
前述したように、自筆証書遺言を修正する場合は、所定の手順が守られていないと効力が発揮されませんし、遺言書自体が無効になってしまう可能性もあります。
これは遺言書を作成している途中での修正であっても、基本的には変わらないため、新しく書き直したほうが確実というケースも少なくありません。
これまで、自筆証書遺言の作成については、原則として遺言者が自筆で全文を書く必要があったため、非常に負担が大きい作業となっていました。
しかし自筆証書遺言作成にパソコンやスマートフォンを使用できるようになれば、修正や書き直しの負担は大幅に軽減されるでしょう。
遺言者本人の真意確認や改ざん防止が課題
自筆証書遺言では、遺言者自身の真意であることを担保するため、自筆での作成が義務付けられています。
しかし、自筆証書遺言作成にパソコンやスマートフォンを使用できるようになった場合、誰が入力しても同じように表示されるため、筆跡などから本人が作成したことを確認することは不可能です。
また修正が容易になるということは、改ざんや変造も簡単になるということですし、修正の痕跡も残らないため、遺言書の内容が本人の真意を反映したものかどうか、相続発生時に確認することは困難になります。
こうした点を考慮すると、遺言者自身の真意であることを担保し、改ざんを防止するための新たな仕組みが必要です。
そのため、自筆証書遺言の作成や保管に関するルールが、大幅に変更される可能性が高いでしょう。
デジタル遺言書作成サービスの活用
現在では相続関連事業に注力する企業も増加傾向にあり、AI技術などを活用した相続サービスが数多くリリースされていますが、デジタル遺言書サービスもその1つです。
質問に答えるだけで、法的に有効な書式の遺言書を作成できるサービスなども提供されていますが、これまでは出力された内容を自筆で書き写す必要がありました。
そのため、せっかく法的効力のある遺言書が作成されても、書き写す際に間違いなども起こりやすく、不安に感じるユーザーも多かったようです。
しかし、自筆証書遺言作成にパソコンやスマートフォンを使用できるようになれば、アプリなどから出力された内容をコピペすることも可能となるため、写し間違えのリスクは大幅に減少します。
さらに議論が進んで、デジタル遺言書自体が法的に有効な自筆証書遺言となる可能性もゼロではありません。
また保管方法についても、デジタルデータでの管理が可能になれば、手続きをオンラインで完結させることも可能でしょう。
すでに政府でも、ブロックチェーン技術を活用したデジタル遺言制度の創設に動き出しており、将来的な実現の可能性は高そうです。
こうした点を考慮すると、デジタル遺言書サービスの開発は、さらに加速するものと考えられます。
*ブロックチェーン技術とは
ブロックチェーン技術とは、暗号技術を用いて取引履歴を分散的に記録する技術で、以下のような特徴がある
・改ざんが困難
・誰でも取引履歴を閲覧・確認することができるため、透明性が確保される
・ネットワーク上の参加者全員で取引履歴を保証するため、信頼性が高い
まとめ
本記事では、現行法での遺言書作成手順を紹介するとともに、デジタル機器を使用した遺言書作成が解禁された場合の変更点について解説しました。
特に自筆証書遺言作成に関して、利便性が大幅に向上する点がご理解いただけたかと存じます。
遺言書作成におけるデジタル機器使用については、まだ有識者会議の立ち上げが決まった段階であり、明確な導入時期などが決定したわけではありません。
とはいえ、実現する可能性はかなり高いと考えられるため、相続関連事業を展開する企業や、弁護士・司法書士といった専門家も、可及的速やかに対応するものと思われます。
同じライフエンディング領域に属する葬儀社様も、将来的な事業展開を見据えて、情報の把握に努められることをおすすめします。