相続税の税務調査は、多くのご遺族様にとって不安の種となる出来事です。葬儀社の皆様は、ご遺族様の心のケアだけでなく、こうした相続に関する基本的な疑問に対応する場面も増えてきているのではないでしょうか。
「税務調査とは何か」「なぜ調査されるのか」といった質問は、相続手続きを進める中で自然と浮かぶ疑問です。
税務調査というと、突然自宅に税務署員が押しかけてくるような厳しいイメージを持たれがちですが、実際はそのような強引な調査が行われることはほとんどありません。調査には様々な種類があり、多くの場合は事前連絡があり、ご遺族様の協力のもとで進められます。
この記事では、相続税の税務調査の基本から、調査が行われる時期や確率、ターゲットになりやすい方の特徴、調査の実際の進め方、そして調査を受けるリスクを減らす方法まで詳しく解説します。葬儀社の皆様がご遺族様からの質問に適切に答え、安心感を提供するための知識として、ぜひお役立てください。
相続税の税務調査の基本

「相続税の税務調査とは何か、なぜ行われるのか、どのような種類があるのか」
これらの疑問はご遺族様から寄せられることも多いのではないでしょうか。税務調査という言葉自体に不安を感じる方も少なくありません。実際には、税務調査には様々な形態があり、必ずしも厳しい取り調べのようなものばかりではありません。
ここでは、相続税の税務調査の基本的な考え方や、調査が行われる理由を見ていきましょう。
税務調査とは?

相続税の税務調査とは、ご遺族様が税務署に提出した相続税申告書の内容について、「申告漏れはないか」「隠している財産はないか」を税務署が確認する手続きのことです。
「税務調査」と聞くと、映画やドラマのように、突然自宅に税務署員が押しかけてきて家宅捜索をするというイメージをお持ちの方も多いでしょう。しかし、実際の相続税の税務調査では、そのような強引な調査が行われることはまずありません。
税務調査には大きく分けて3つの種類があります。
最も軽いものが「簡易な接触」です。これは税務署からの電話連絡や文書の送付によるやり取りで、申告書の計算ミスや記載の誤りが見つかった場合によく行われます。特に自分で相続税申告をされた方が対象になりやすく、この段階で修正申告をすれば「事後処理」として完了することが多いです。
次に「机上調査」があります。これは税務署内で提出された申告書類と税務署が持つ内部資料(金融機関からの情報など)を照らし合わせて行う調査です。基本的に税務署内部で行われるため、ご遺族様が直接対応することはあまりありませんが、追加の資料提出を求められることがあります。例えば、故人様の通帳のコピーや財産に関する証明書類などの提出を依頼されることがあるでしょう。
そして最も本格的なものが「実地調査」です。税務署員(通常2名)がご遺族様のご自宅などを訪問して行う調査で、午前中は主に質問を中心に進められ、午後はその回答を裏付けるための確認(通帳の確認など)が行われます。申告内容と実際の財産状況の間に相違がある場合、それが単なる誤解や計算ミスなのか、意図的な隠しごとなのかを見極めるのが主な目的です。
なぜ税務署は税務調査を行う?

相続税は「申告納税方式」で運営されています。これは、ご遺族様自身が相続財産を調査し、税額を計算して申告・納税する方法です。この仕組みのおかげで、すべての相続案件を税務署が一から調べる手間が省け、効率的に業務をおこなっているのです。
しかし、この申告納税方式には課題もあります。相続税の計算は複雑で、相続に不慣れなご遺族様が自分で申告すると、知識不足から申告漏れや計算ミスが生じることがあります。また残念ながら、意図的に財産を隠して税金を少なくしようとするケースも存在します。
こうした状況を放置すれば、正確に申告して適切に納税している多くのご遺族様が不公平な扱いを受けることになります。きちんと納税している人が損をする社会は望ましくありません。そのため税務署は、適切で公正な課税を実現するために税務調査を行っているのです。
悪質な場合は強制調査が行われる

相続税の税務調査の多くは「任意調査」として行われます。これは、前述したように事前に連絡があり、ご遺族様の協力のもとで進められる調査です。しかし、故意に大きな財産を隠しているなど、特に悪質なケースでは「強制調査」が行われることがあります。
強制調査は、一般に「マルサ」の名で知られる国税局査察部が担当します。名前からも想像できるように、こちらはドラマや映画のような厳しい調査になります。裁判所の令状を持って調査が行われ、ご遺族様は調査を拒否することができません。査察官には、納税に関する資料を押収する権限まで与えられているのです。
具体的には、脱税の隠ぺい工作が特に悪質であったり、隠された税額が1億円を超えていると想定されるような場合に強制調査が実施されます。ただし、相続税の税務調査でここまで厳しい強制調査が行われるのは極めてまれなケースです。
葬儀業界の皆様がご遺族様と接する中で、「税務調査が怖い」という声を聞くことがあるかもしれません。そんなときは、「正直に申告し、調査にも誠実に対応すれば、強制調査のような厳しい対応をされることはまずない」とお伝えいただければよいでしょう。
相続税の申告漏れや不正があった場合のペナルティ

相続税の申告漏れや不正が発覚した場合、以下のような税金がペナルティとして課されることがあります。まずは表で簡単に整理してみましょう。
| ペナルティの種類 | どんな時に課されるか |
|---|---|
| ①無申告加算税 | 申告期限までに申告しなかった場合 |
| ②過少申告加算税 | 申告・納税はしたが金額が不足していた場合 |
| ③重加算税 | 意図的に財産を隠したり虚偽申告をした場合 |
| ④延滞税 | 納付期限後に納税した場合 |
それでは、それぞれのペナルティについて詳しく見ていきましょう。
①無申告加算税
正当な理由なく、申告期限までに申告しなかった場合に課されるペナルティです。自主的に期限後申告をした場合は追加納付税額の5%ですが、税務調査で発覚した場合は15%に跳ね上がります。ただし、申告期限から1ヵ月以内に自主申告した場合は無申告加算税がかかりません。また、追加納付額が50万円を超える部分については20%の高率で課税されます。
②過少申告加算税
期限内に申告したものの、金額が不足していた場合に課されるペナルティです。重要なのは、税務署に指摘される前に自主的に修正申告をした場合は過少申告加算税がかからない点です。しかし、税務調査で指摘されてからの修正申告では追加納付額の10%が課税されます。さらに、追加納付額が当初申告額を超える場合や50万円を超える部分については15%の税率が適用されます。
③重加算税
これは最も重いペナルティで、意図的に財産を隠したり虚偽の申告をした場合に適用されます。申告はしていたが内容に隠ぺいや偽装があった場合は追加納付額の35%、無申告で意図的だったと判断された場合は40%という高率です。単なるミスではなく、故意に税金を逃れようとしたと判断された場合に適用されるため、税率も非常に高くなっています。
④延滞税
納付期限後に税金を納めた場合、納付期限の翌日から実際に納付した日までの期間に応じて利息のような形で課されるペナルティです。申告も納税も期限内に行わなかった場合は、無申告加算税と延滞税の両方が課されることになります。
ご遺族様にとって重要なのは、自主的な行動と税務署からの指摘では大きな差があることです。例えば、申告漏れに気づいたら税務署の調査を待たずに自主的に修正申告することで、過少申告加算税を完全に回避できます。また、意図的な隠ぺいと単純なミスでは、同じ金額の申告漏れでもペナルティが3倍以上違ってくることもあります。
税務調査が実施される時期と確率

「相続税の申告をしたら、いつごろ税務調査が来る可能性があるのだろう」
「どのくらいの確率で調査が行われるのだろう」
税務調査の時期や確率を知ることは、ご遺族様の漠然とした不安を和らげる一助となります。また、相続税には時効があることも、多くの方が知らない重要なポイントです。
ここでは、税務調査が行われる一般的な時期や確率、そして時効について詳しく見ていきましょう。
調査が行われる時期は「1、2年後の8月~11月頃」

相続税の税務調査は一般的に、相続税の申告書を提出してから1、2年後の8月~11月頃に実施されることが多いです。
例えば、故人様が2025年1月に亡くなり、ご遺族様が2025年10月に申告を行ったとします。この場合、税務調査が行われるとすれば、2026年8月~11月頃、または2027年8月~11月頃になる可能性が高いでしょう。
こうした時期に集中する理由は、税務署の年間スケジュールと関係しています。毎年2月~5月は確定申告の繁忙期で、税務署は個人の所得税申告の対応に追われています。また、7月は人事異動の時期で、税務署内部の体制が変わる月です。そのため、相続税の調査はこれらの時期を避けて行われるのです。
古くから「三回忌が済んだ頃に税務調査が来る」という言い伝えもありますが、これは偶然ではありません。相続税の申告期限は故人様が亡くなってから10ヶ月以内、そこから1、2年後となると、ちょうど三回忌の頃に当たるのです。
ただし、無申告の疑いがあると税務署が判断した場合は、故人様が亡くなってから2年以内に連絡が来ることもあります。また、申告内容が複雑で調査に時間がかかりそうなケースでは、事前の準備に時間をかけるため、2、3年後に調査が行われることもあります。
税務調査される確率は15%程度

相続税の税務調査の件数はその年によって異なりますが、電話などの簡易的な接触件数を合わせると、おおよそ15%ほどの割合となっています。令和5事務年度(令和5年7月1日~令和6年6月30日)では、申告件数約15.5万件に対し、簡易な接触が約1.9万件(12%)、実地調査が約8,500件(5%)となっています。(出典:令和5年分相続税の申告事績の概要、令和5事務年度における相続税の調査等の状況)

そして驚くべきことに、税務調査が行われた場合、約8割のケースで申告漏れなどの指摘を受け、追加の税金(追徴課税)を支払うことになっています。これは税務調査が無作為に行われているわけではなく、申告内容に疑問点がある場合や追加徴収の可能性が高いケースを税務署が選んで調査しているためです。
相続税には時効がある

相続税には「時効」が設けられています。この時効が過ぎると、税務署は相続税の税務調査を行うことができなくなります。具体的には、相続税の申告期限から原則として5年間が時効となります。例えば、故人様が2025年1月に亡くなり、申告期限が同年10月末だった場合、2030年10月末までが税務調査の対象期間となります。この相続税の時効は、法律用語では「除斥期間(じょせききかん)」と呼ばれます。
しかし、故意に財産を隠すなど「悪意」があると認められる場合は、この時効期間が7年に延長されます。単なる計算ミスや見落としならば5年ですが、意図的な財産隠しが疑われる場合は、より長い期間、税務調査のリスクを抱えることになるのです。
ただし、一つ重要な注意点があります。税務署側から何らかの通知(例えば「相続税についてのお尋ね」という書類など)が届いた時点で、この時効のカウントが止まってしまいます。つまり、5年以内に税務署から連絡があれば、その後の調査や追徴課税は有効となるのです。
相続税の申告義務や納税義務が確実になくなるのは、この時効期間内に「税務署側から何の連絡もなかった場合」に限られます。この点は誤解しないようにご注意ください。
葬儀業界の皆様がご遺族様と接する中で、「いつまで税務調査を心配すればよいのか」という質問を受けることもあるでしょう。その際は、「原則として申告期限から5年、故意に財産を隠したと思われる場合は7年が時効です」と説明していただくとよいでしょう。そして、「正確な申告をすることが何よりも大切」ということもお伝えいただければと思います。
税務調査のターゲットになりやすい人

相続税の税務調査は決して無作為に行われるわけではありません。税務署には独自の基準があり、申告内容や状況によって調査対象となる確率は大きく変わります。
葬儀業界の皆様がご遺族様と接する中で、「税務調査を受けやすい方の特徴」を知っておくことは、適切なアドバイスをする上で非常に重要でしょう。
ここでは、税務調査のターゲットになりやすい方の特徴を4つのパターンに分けて詳しく解説します。
(1)自分で相続税申告書を作成した人

相続税の申告書を税理士に依頼せず、ご自身で作成した場合、税務調査の対象になりやすくなります。相続税の申告は非常に複雑で、専門知識がないと記載間違いや計算ミス、添付書類の不足などが生じやすいためです。
相続税申告書には、「作成税理士の事務所所在地・署名押印・電話番号」を記入する欄があります。この欄が空白になっていると、税務署は「専門家のチェックを受けていない申告書」と一目で判断します。このような申告書は、記載ミスや計算ミスが含まれている可能性が高いと見なされ、税務調査の対象として選ばれやすくなるのです。
相続税の申告書は第1表から第15表まであり、どの特例を適用するかによって提出する書類も変わってきます。これらを正確に作成するのは、相続の専門家でなければ非常に難しい作業です。特に不動産の評価額の計算は、場所や地形によって判断が難しく、専門家でも見解が分かれることがあるほどです。
(2)高額な財産を相続した人

相続財産の総額が大きい場合、特に課税価格(遺産の総額)が3億円を超えると、税務調査の対象になる確率が一気に高まります。
なぜ高額な財産の相続がターゲットになりやすいのでしょうか。まず、相続財産が多ければ多いほど、申告漏れや計算ミスが発生する可能性が高まります。また、相続税は累進課税制度を採用しているため、財産が多いほど税率が高くなり、申告漏れがあった場合の追加徴収額も大きくなります。つまり、税務署としては「調査効率」が良いわけです。
実際、国税庁レポート2021年でも、富裕層の調査により注力していく方針が示されています。全国の国税局には「重点管理富裕層プロジェクトチーム」も設置されており、多額の資産を持つ方については、関係者や関連法人も含めて一体的に管理・情報収集が行われています。
また、故人様が社会的地位の高い職業(上場企業の役員、医師、弁護士など)だった場合も、高収入であったことから相続財産も多いだろうと推測され、より厳しくチェックされる傾向があります。
葬儀業界の皆様が富裕層のご遺族様に接する際には、「財産額が大きい場合は税務調査の可能性が高いため、専門家に依頼して正確な申告をすることが重要」というアドバイスを伝えることが大切です。特に、相続財産が数億円規模になる場合は、税務調査を前提とした準備をしておくべきでしょう。
(3)相続税申告をしなかった人

相続税の申告をしなかった場合(無申告)も、税務調査のターゲットになりやすくなります。「相続財産が少なく、相続税がかからないから申告は不要」と判断したご遺族様もいらっしゃるかもしれませんが、税務署はそうした無申告者の存在も把握しています。
相続税がかかる条件については、「相続税基本のきVol.3 相続税は誰が対象になるのか?」をお読みください。
「どうして税務署は無申告を把握できるのだろう?」と疑問に思われるかもしれません。実は、税務署は独自の資料や情報から、相続税が課税される可能性が高いケースをあらかじめ把握しているのです。例えば、故人様の不動産登記情報や所得税の申告履歴、さらには銀行などの金融機関からの情報などが活用されています。
相続が発生してから6~8ヶ月後に、「相続税についてのお尋ね」という書類が税務署から送られてくることがあります。これは税務署が「相続税が課税される可能性が高い」と判断した故人様のご遺族様に対して、申告を促す目的で送付されるものです。この書類への回答は義務ではありませんが、届いた時点で「税務署に目をつけられている可能性が高い」と考えるべきでしょう。
相続税がかからないときの注意点
相続税額がゼロになる場合でも、申告が必要なケースがあることをご存じでしょうか。例えば「配偶者の税額軽減(配偶者控除)」を適用して相続税をゼロにしたい場合は、必ず相続税の申告をしなければなりません。知らずに無申告になってしまうと、これらの特例が適用されず、結果的に相続税が課税されることになります。
(4)不自然な財産移動がある人

故人様の生前や亡くなった後に、不自然な財産の移動があると、税務調査のターゲットになりやすくなります。
まず注意したいのが「名義預金」の問題です。名義預金とは、故人様が配偶者やお子様、お孫さんなどの名義で開設した口座のことです。例えば、専業主婦の配偶者や収入の少ないお子様の名義で多額の預金があると、「これは本当にその方の預金なのか、実は故人様の財産ではないのか」と疑われることがあります。特に、通帳や印鑑を故人様が管理していたり、名義人が自由にお金を出し入れできなかった場合は、故人様の財産とみなされ、相続税の申告が必要になります。
次に気をつけたいのが、葬儀後から相続税申告までの間に行われる大きな現金の引き出しです。葬儀にかかる費用は相続財産から差し引くことができますが、それ以外の目的で多額の現金が引き出されていると、「隠し財産があるのでは?」と疑われることがあります。特に使途が明確に説明できない出金については、相続財産に加算して申告するよう修正を求められることがあります。
家族間でのお金の貸し借りにも注意が必要です。例えば事業資金や住宅購入資金として家族間で貸し借りをした場合、貸主(貸した側)の相続が発生したときに、その借金が贈与とみなされることがあります。借用書を取り交わし、銀行振込で返済するなど、「借金である」という証拠を残しておくことが重要です。
葬儀業界の皆様がご遺族様に接する際には、「財産の移動には適切な記録を残すことが大切です」とアドバイスされるとよいでしょう。特に葬儀費用の支払いについては、明確な記録を残しておくことで、後の税務調査での説明がスムーズになります。
税務調査の実際の進め方
税務調査は事前連絡から始まり、当日の調査、結果の通知という流れで進みます。一般的に想像されるような強引な調査ではなく、一定の手順に従って丁寧に進められるものです。
事前に流れを把握しておくことで、万が一調査が入った場合でも慌てずに対応することができるでしょう。ここでは税務調査の標準的な進め方について解説します。

調査の事前連絡から当日までの流れ

税務調査は、突然の訪問ではなく、必ず事前に税務署からの連絡があります。まずは、その連絡から当日までの流れを見ていきましょう。
最初に税務署から電話がかかってきます。相続税申告を税理士に依頼していた場合は、まずその税理士に連絡が入ります。ご自身で申告をされていた場合は、ご遺族様の代表者に直接連絡があります。この電話で、調査の日時と場所を決めることになります。もし都合が悪ければ、別の日程を提案することも可能です。
調査場所は、基本的には故人様が住んでいたご自宅で行われることがほとんどです。これは、故人様の財産や関連書類が残っていることが多いためです。ただし、ご事情によっては別の場所(例えば税務署内や税理士事務所など)での実施を希望することもできます。
この事前連絡の際に、調査当日に準備しておいてほしい書類などの指示があります。一般的には、相続税申告で使用した資料の原本一式、故人様と相続人の通帳の原本、相続人が所有する土地の権利証や不動産など資産に関する資料、相続人の認印などを準備しておくとよいでしょう。
税務調査の対象者は原則として「相続人全員」ですが、相続人の人数が多い場合や遠方に住んでいる場合、お子様が相続人になっている場合など、全員で対応しきれないこともあります。そのような場合は、少なくとも故人様の預金通帳の管理や葬儀費用の引出し・立替えをした方など、生前に関係の深かった方は税務調査に立ち会う必要があります。
調査当日の流れ(1)|午前中はヒアリング

調査当日は、通常午前10時頃に税務職員(大抵2名)がご自宅を訪問します。一日の流れは、午前中と午後で内容が大きく変わります。
午前中は主に質問を中心としたヒアリングが行われます。これは、医師の問診のような感覚で、様々な質問がなされます。雑談のように思える質問でも、実は税務職員は重要な情報を収集しているのです。
よく聞かれる質問としては、次のようなものがあります。
これらの質問は、申告内容に間違いがないか、申告漏れの財産がないかを確認するためのものです。また、故人様の趣味の話など雑談のように思える質問でも、実は税務職員は重要な情報を収集しているのです。
午前中の質問が一段落すると、税務職員は昼食のためにいったん席を外します。昼食は自分たちで取るため、ご遺族様が準備する必要はありません。
調査当日の流れ(2)|午後は財産の現物確認

午後は主に、預金通帳などの現物確認や、金庫の有無、印鑑などの貴重品の保管場所を確認します。特に通帳の確認は非常に詳細に行われます。通帳のメモや預金の動きから、申告漏れの財産、贈与税の申告漏れ、名義預金などが発見されることが多いためです。
また、家の中を見回すことで、申告書に記載されていない高額な美術品や骨董品、書画などがないかもチェックされます。金融機関のカレンダーやグッズなどから、申告されていない口座の存在を推測することもあります。ゴルフのトロフィーがあれば、ゴルフ会員権を持っていないかを確認されるかもしれません。
通常、実地調査は1日で終わることが多いですが、財産が多い場合や疑問点が多い場合は2日間に及ぶこともあります。調査の最後に、税務職員が事前に調査したことについての質疑応答を行い、その日の調査は終了します。
調査結果の通知とその後の対応

実地調査が終わると、税務職員は収集した資料を持ち帰り、申告内容に誤りがないか最終確認を行います。この確認は通常2週間~1ヶ月程度かかりますので、すぐに結果が出るわけではありません。この間は「税務署からの連絡待ち」の状態となります。
最終確認が完了すると、調査結果の連絡があります。結果は大きく分けて3つのパターンに分かれます。
| 内容 | 追加納税 | 発生頻度 | |
|---|---|---|---|
| 申告是認 | 当初の申告内容に問題なし | なし | 約2割 |
| 修正申告 | 申告漏れを発見、ご遺族様が認める | あり | 約8割 |
| 更正処分 | 申告漏れを指摘するが、ご遺族様が認めない | あり | まれ |
1つ目は「申告是認(しんこくぜにん)」と呼ばれるパターンです。これは当初の申告内容に問題がなく、追加の税金が不要と認められたケースです。税務署からの連絡をもって調査は完結し、新たな手続きは一切必要ありません。これが最も望ましい結果ですが、実際には税務調査が行われた場合の約2割程度しかないといわれています。
2つ目は「修正申告」です。税務調査が入った場合の約8割はこのパターンで終了します。税務職員が相続税の申告漏れを発見し、ご遺族様もこれを認めて自主的に申告を修正するというものです。この場合、修正申告書を提出し、追加の税金を納めることになります。同時に、納付が遅れたことによる「延滞税」や申告漏れに対する「過少申告加算税」などのペナルティも課されます。
3つ目は「更正処分」です。これは、税務職員が申告漏れを指摘したものの、ご遺族様がこれを認めず、修正申告に応じない場合に行われます。つまり、税務署が一方的に「この金額が不足している」と判断し、強制的に追加の税額を決定する処分です。
税務調査を受けるリスクを減らす方法

相続税の税務調査は、正しく申告していれば恐れる必要はありませんが、できることなら避けたいと考えるのが自然です。税務調査を受けるリスクを減らすための対策はいくつか存在し、相続発生前から始められるものもあります。
ここでは、税務調査を受けるリスクを効果的に減らすための方法について見ていきましょう。
相続税に強い税理士に申告を依頼する

相続税の税務調査のリスクを下げるための最も効果的な方法は、相続税に強い税理士に依頼して正確な申告を行うことです。相続税の申告は自分でも行うことができますが、難しく煩雑なため、税理士に依頼する方が多いです。
具体的には、財務省の調査によれば、相続税の申告をした人のうち約85%が税理士に依頼しているという調査結果があります(令和5事務年度国税庁実績評価書)。
なぜ税理士に依頼すると税務調査のリスクが下がるのでしょうか。これは、税金のプロである税理士であれば、相続税の申告書の記載ミスや計算ミスの可能性が低いためです。特に相続税申告書に税理士の署名があれば「専門家のチェックを受けた申告書」と判断され、税務調査の対象になる確率が下がります。
電子機器に疎かったり、事情があってオンラインでのやり取りが苦手なご遺族様は、対面で対応してくれる税理士を探すと良いでしょう。
ただし、どんな税理士でも相続税に詳しいわけではありません。医師に「外科」や「内科」といった専門分野があるように、税理士にも「相続税」や「法人税」といった専門分野があります。相続税申告を依頼するなら、相続税に強い税理士を選ぶことが重要です。
税理士というと、自宅の近隣に事務所があるところへ依頼したくなりますが、相続税は他の税金と比べて専門性が高く、税理士の知識や経験によって納付税額が大きく変わることがあります。そのためご遺族様には、
また、税理士に依頼する時期も重要です。相続税申告の期限(故人様が亡くなってから10ヶ月以内)に慌てて駆け込むのではなく、できるだけ早い段階で相談することをお勧めします。早めに相談することで、生前贈与の記録確認や財産の評価方法など、事前に準備できることが増え、より正確な申告が可能になります。
書面添付制度を利用する

「書面添付制度」とは、税理士法に規定された制度で、税理士が申告書に特別な説明書面を添付するものです。わかりやすく言うと、税理士が「この申告書は私が責任をもって確認しました」という専門家としてのお墨付きを与える制度です。
この制度の大きなメリットは、仮に税務署が調査を検討する場合でも、まず担当税理士に「意見聴取」という形で説明の機会が与えられることです。つまり、いきなりご自宅への実地調査ではなく、税理士が税務署に出向いて申告内容を説明できるのです。この段階で税務署の疑問が解消されれば、実地調査に進むことなく終了することもあります。
しかし、相続税申告における書面添付制度の利用割合は約24%(令和5年度)と、それほど高くありません(令和5事務年度国税庁実績評価書)。なぜこの有効な制度の利用率が低いのでしょうか。それは、税理士側にとって大きなデメリットがあるからです。
まず、書面添付のためには通常の申告業務よりもさらに詳細な調査や確認が必要となり、税理士の業務量が大幅に増加します。より多くの資料を収集し、より詳細なチェックを行わなければならないのです。
さらに重大なのは、添付する書面に誤りがあった場合、税理士は最長で2年間の業務停止処分を受けるリスクがあるという点です。これは税理士の生命線である業務そのものができなくなるという深刻な問題であり、多くの税理士がこのリスクを避けたいと考えるのは当然とも言えます。
こうした背景から、書面添付制度を利用する場合、税理士報酬は通常より高額になることが多いです。
生前からの対策をはじめることも大切

相続税の税務調査のリスクを下げるためには、相続が発生した後の対応だけでなく、実は生前からの準備が非常に重要です。故人様が亡くなった後では対応できないことも、生前であれば計画的に進めることができるからです。
まず重要なのは、財産に関する情報を整理し、家族で共有しておくことです。相続税申告の漏れの多くは、財産の把握ができていないことから起こります。特に預金口座は複数の金融機関に分散していることが多いため、通帳やインターネットバンキングの情報をリスト化しておくことが大切です。
次に注意すべきは、家族間でのお金の貸し借りです。例えば、お子様の住宅購入資金として親が資金を提供する場合、「贈与」なのか「貸付」なのかをはっきりさせておく必要があります。「貸付」とする場合は、必ず借用書を取り交わし、返済は銀行振込で記録を残すようにしましょう。こうした証拠がないと、貸主(貸した側)の相続が発生した時に、その借金が「生前贈与」とみなされてしまう可能性があります。
まとめ
本記事では、相続税の税務調査の基本知識から実際の進め方、そしてリスクを下げる方法までを解説しました。税務調査は決しておそれるものではなく、税の公平性を保つための大切な手続きです。ただし、約2割の申告者が何らかの形で調査を受け、そのうち約8割が申告漏れを指摘されるという現実もあります。
特に重要なのは、税務調査のターゲットになりやすい方の特徴を理解することです。自分で申告書を作成した方、高額な財産を相続した方、申告をしなかった方、不自然な財産移動がある方は特に注意が必要です。また、調査は通常、申告から1~2年後の8~11月頃に行われ、事前連絡から始まり、質問や財産の現物確認を経て結果通知へと進みます。
税務調査のリスクを減らすには、相続税に強い税理士への依頼が最も効果的です。加えて、書面添付制度の活用や生前からの対策も有効な手段となります。正確な申告を心がけることで、追加の税金やペナルティを避けることができるでしょう。
葬儀社の皆様は、ご遺族様が抱く税務調査への不安に対して、「正確な申告をしていれば恐れる必要はない」「専門家のサポートを受けることが大切」といった基本的な助言ができるだけでも、大きな安心につながります。ご遺族様の次のステップを支える知識として、本記事の内容をお役立ていただければ幸いです。


