在来仏教13宗56派まとめ|浄土真宗10派の特徴を解説

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国内で営まれる葬儀の8割前後が仏式で執り行われているようですが、宗派ごとに葬送に対する考え方や葬儀の内容も異なります。
しかし、それぞれの違いについて詳しく把握している方は、葬儀社に勤務されている方であっても、少ないのではないでしょうか。
葬儀関連事業に従事する関係者の皆様におかれましては、日本の宗教文化を理解することで、宗教・宗派ごとの葬祭に関する専門知識を高める一助となるでしょう。

この記事では、その多様な宗派の中から浄土真宗10派をご紹介いたします。
ぜひ最後までご覧ください。

目次

浄土真宗10派の概要と傾向

東本願寺 (3)

浄土真宗は大乗仏教の宗派に属し「南無阿弥陀仏」と唱えることで、すべての人が極楽浄土へ導かれるというお念仏の教えがあり、浄土宗と教義が共通しています。
開祖は親鸞聖人(しんらんしょうにん)で、ご本尊様は阿弥陀如来(あみだにょらい)です。
浄土真宗は浄土宗の教義をさらに発展させ「他力本願」の教えを説いています。
「他力」は阿弥陀如来を指し、仏さまを信じれば救われるという考えです。

親鸞聖人の没後、蓮如上人(れんにょしょうにん)により人々に浸透し、現在日本でも代表的な宗教となっています。
本願寺派だけが「浄土真宗」といい、ほかの9派は「真宗」と呼ばれます。

葬儀ではほかの宗派と違い、授戒・引導の儀式がおこなわれません。
浄土真宗では亡くなった人は、すぐ阿弥陀如来によって極楽浄土に導かれると説いています。
よって葬儀で故人の成仏を祈る必要がないと考えています。
授戒がおこなわれないので、戒名の代わりに法名が授与されます。

授戒:故人が仏門に入るために戒めを授け、仏の弟子になるとされる
引導:僧侶が仏の弟子になった故人を、仏門へ導き浄土に旅立たせる

浄土真宗の開祖・親鸞聖人について

親鸞聖人

浄土真宗の開祖、親鸞聖人(しんらんしょうにん)は1173年京都 日野で生まれました。
わずか9歳で出家し、比叡山で20年間学問と修行に励みます。
29歳のとき東山 吉水で草庵を結んでいた法然上人(ほうねんしょうにん)を訪ねて弟子となり、さらなる修行を続けました。
法然上人は「専修念仏」を説いていましたが、1207年専修念仏が禁止され親鸞聖人は越後(新潟県)に流刑となってしまいます。

その後結婚して子どもをもうけ、42歳のとき常陸(茨城県)に草庵を結び、浄土真宗の教えを記した「教行信証(きょうぎょうしんしょう)」を書き上げました。
63歳のとき京都に戻り、晩年は「教行信証」の執筆を続けるとともに「和讃」などの書物を書き、遠くから訪れてくる弟子たちに教義を説いていました。
90歳で亡くなったと伝えられています。

西本願寺と東本願寺の違い

東本願寺 (2)

浄土真宗には、西本願寺と東本願寺があるのをご存じでしょうか。
西本願寺は本願寺派で「お西さん」、東本願寺は大谷派で「お東さん」と呼ばれることもあります。
浄土真宗には10の宗派がありますが、なぜ本願寺派は西で大谷派は東と言われるのでしょうか。

西と東に分かれた背景

本願寺が西と東に分かれた背景は、約500年前の戦国時代にあります。
はじめ本願寺は一つでしたが、織田信長が大阪にあった石山本願寺を攻撃した「石山戦争」がきっかけとなり、西と東に分裂したのです。
織田信長は石山本願寺を降伏させることができず、和睦を求めました。
本願寺内では信長の和睦を受け入れるか、戦いを続けるかで意見が2つに分かれてしまったのです。

江戸時代までは不仲な時期もあったようですが、現在は関係性も改善されており、ともに1923年に発足した「真宗教団連合」に所属して活動しています。

経典や仏壇の違い

お経は西本願寺、東本願寺とも親鸞聖人が書いた「正信偈(しょうしんげ)」を唱えます。
ただ唱え方が違って、西本願寺では「なもあみだぶつ」と唱え、東本願寺では「なむあみだぶつ」と唱えます。

仏壇の違いもあり西本願寺は柱が金箔になっておりますが、東本願寺派の柱は黒塗りになっています。
花立てや香炉、ろうそく立てなどの仏具も西本願寺は色が黒っぽく、東本願寺は金色が一般的です。

お仏壇に、故人の魂が宿るとされる位牌を祀らないのも、浄土真宗がもつ特徴の1つにあげられます。
浄土真宗は「往生即成仏」という、亡くなるとすぐに仏さまになるとの考えです。
そのため位牌ではなく、法名軸(ほうみょうじく)や過去帳(かこちょう)を祀ります。

浄土真宗10派の紹介

ここからは、浄土真宗10派についてご紹介いたします。
各宗教の特徴、概要がお分かりいただけると思います。
リンクを載せておりますので、詳しい内容はクリックしてご覧ください。

1.浄土真宗 本願寺派

開祖宗祖:親鸞上人(しんらんしょうにん)
中興の祖:蓮如上人(れんにょしょうにん)
ご本尊阿弥陀如来(あみだにょらい)
代表的な寺院本願寺( 京都市下京区)

浄土真宗 本願寺派は親鸞聖人を開祖とし、「南無阿弥陀仏」と唱えることで、すべての人が極楽浄土へ導かれるという教えを説いています。
総本山は西本願寺、ご本尊様は「阿弥陀如来」で、経典は「観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)」「無量寿経(むりょうじゅきょう)」「阿弥陀経(あみだきょう)」の「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」です。

親鸞が記した「「正信偈(しょうしんげ)」や「三帖和讃(さんじょうわさん)」といわれる「浄土和讃(じょうどわさん)」「高僧和讃(こうそうわさん)」「正像和讃(しょうぞうわさん)」も重要としています。

浄土真宗 本願寺派について詳しくは、以下の記事をご覧ください。

2.真宗 佛光寺派

浄土真宗まとめ記事 佛光寺派
出典:佛光寺 阿弥陀堂
開祖宗祖:親鸞聖人(しんらんしょうにん)
開祖:真仏上人 (しんぶつしょうにん
中興の祖:了源(りょうげん)
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院佛光寺(京都府 下京市)

真宗佛光寺派の開祖は、親鸞の弟子である真仏上人(しんぶつしょうにん)で、真仏上人が率いた高田門徒の分流である荒木門徒の流れをくんでいるとされます。
中興の祖である了源は鎌倉時代、名帳や絵系図を使って教義を広め真宗 佛光寺派の勢力を拡大させました。

ご本尊様は「阿弥陀如来」で、経典は「観無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」の「浄土三部経」です。

真宗佛光寺派について詳しくは、以下の記事でご紹介しています。

3.真宗 大谷派

浄土真宗まとめ記事 大谷派
出典:東本願寺 御影堂門
開祖宗祖:親鸞聖人(しんらんしょうにん)
中興の祖:蓮如上人(れんにょしょうにん)
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院真宗本廟(東本願寺 京都市下京区)

戦国時代に本願寺の顕如上人(けんのしょうにん)と織田信長による石山合戦が始まりました。
和睦に応じようとする顕如と応じないと主張する、顕如の子である教如との対立が起きてしまったのです。
徳川家康から烏丸六条の寺領が寄進され、教如が住み始めたのが真宗本廟の前身で、真宗大谷派の始まりといわれています。

御本尊様は「阿弥陀如来」で、経典は「浄土三部経」である「観無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」です。
ほかに親鸞が書いた「教行信証」があります。

真宗大谷派について、以下の記事で詳しくご覧いただけます。

4.真宗 興正派

浄土真宗まとめ記事 興正寺派

出典:興正寺 公式HP
開祖親鸞聖人
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院興正寺(京都市下京区)

真宗興正派(こうしょうじは)は高田門徒(真仏上人を中心とする流派)の分流である荒木門徒(源海上人を祖とする流派)の流れをくむ宗派です。
現在の新潟県に流刑となった親鸞聖人が京都に戻り草庵を結びましたが、これが興正寺の始まりと言われています。

明治9年(1876年)に本願寺派から独立し、女性が門主を継承できるようになりました。
現在では真宗興正派の嗣法(しほう:門主の後継者)は、真宗初めての女性が就任しているとのことです。

御本尊様は「阿弥陀如来」で、経典は「浄土三部経」の「観無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」を重視しています。

真宗興正派について、以下の記事で詳しくご紹介しています。

5.真宗高田派

浄土真宗まとめ記事 高田派
出典:専修寺 公式HP
開祖親鸞聖人
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院専修寺(三重県津市)

真宗高田派は宗祖の親鸞聖人が建立した「専修寺(せんじゅじ)」を本山としています。
親鸞聖人自ら創建に携わった唯一の宗派で、弟子の真仏(しんぶつ)が第2代目僧侶を継承し関東を中心に布教しました。
室町時代まで真宗最大の宗派でしたが、2023年現在は3番目に多い宗派で、全国に600以上の寺院を持っています。

ほかの真宗10派と違って、真宗高田派では法名に男女の違いがなく全員「釋(しゃく)」からはじまる7字が授けられます。

ご本尊は「阿弥陀如来」で、経典は「観無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」の「浄土三部経」です。
その中でも真宗高田派は「観無量寿経」を重要だとしています。

真宗高田派については、以下の記事でご紹介しています。

6.真宗木辺派

浄土真宗まとめ記事 木辺派
出典:錦織寺 公式HP
開祖宗祖:親鸞聖人
中興の祖:良慈上人(りょうじしょうにん)
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院錦織寺(滋賀県野州市)

真宗木辺派は、親鸞聖人の門弟である性信上人(しょうしんしょうにん)が率いる横曾根門徒(よこそねもんと)の流れをくんでいます。
第11代目の慈養上人(じようしょうにん)のとき、錦織寺は浄土真宗、浄土宗の二宗兼学(にしゅうけんがく)になりました。
良慈上人により二宗兼学をとりやめ、浄土真宗に復帰したとされています。

二宗兼学:仏教の2つの宗派を併せて学ぶこと

真宗錦織寺派が成立したのは1745年です。
明治9年(1876年)頃、真宗錦織寺派から現在の真宗木辺派に改名しました。

ご本尊様は阿弥陀如来で、経典は「浄土三部経」です。
「浄土三部経」は「感無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」の3経典を指します。

真宗木辺派について詳しくは、以下の記事をご覧ください。

7.真宗讃門徒派

浄土真宗まとめ記事 讃門徒派
出典:真宗教団連合 真宗讃門徒派 専照寺
開祖宗祖:親鸞聖人
讃門徒派の祖:如道上人(にょどうしょうにん)
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院専照寺(福井市)

真宗讃門徒派の総本山は、福井市にある専照寺です。
真宗讃門徒派(しんしゅうさんもんとは)の祖である如道上人の流れをくむ證誠寺(しょうじょうじ)、誠照寺(じょうしょうじ)、毫摂寺(ごうしょうじ 福井県越前市/真宗出雲路派本山)とともに「越前四箇本山」と呼ばれています。

明治時代には、真宗大谷派に属したこともありましたが、明治11年(1878年)に真宗三門徒派として正式に独立しました。

ご本尊様は阿弥陀如来で、経典は「浄土三部経」といわれる「感無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」と「六時礼賛(ろくじらいさん)」を重要としています。
如道は「三帖和讃(さんじょうわさん)」と呼ばれる「浄土和讃」「高僧和讃」「正像末和讃」も大切にしていたようです。

真宗讃門徒派について詳しくは、以下の記事で紹介しています。

8.真宗出雲路派

浄土真宗まとめ記事 出雲路派
出典:真宗教団連合 出雲路派 毫攝寺
開祖親鸞聖人
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院毫攝寺(福井県 越前市)

「出雲路派」という名は、はじまりの毫攝寺が山城国愛宕郡出雲路(現在の京都市左京区)に建てられたことによるものといわれています。
毫攝寺が京都から福井に移った後、江戸時代には毫攝寺が青蓮院(しょうれんいん:天台宗の門跡寺院)の末寺として天台宗に属したこともあったようです。

明治時代、政府機関である教部省(きょうぶしょう)の指令により、浄土真宗本願寺派と合流することになります。
しかし、教部省が明治10年に廃止されたのち「真宗出雲路派」という、一つの宗派として独立したのは、明治11年です。

ご本尊様は阿弥陀如来で、経典は「感無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」の「浄土三部経」ですが、ほかに「七高僧の論釈」「親鸞聖人の撰述」を経典としています。

真宗出雲派について、以下の記事で詳しくご覧いただけます。

9.真宗山元派

浄土真宗まとめ記事 山元派
出典:真宗教団連合 真宗山元派 證誠寺
開祖親鸞聖人
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院證誠寺(福井県 鯖江市)

真宗山元派は法難によって越後に流刑とされた親鸞聖人が、当時は越前国の山元とよばれていた地で教化したことがきっかけで始まったとされます。

室町時代から江戸時代にかけては、宗旨替えなどによる内紛など、寺院としての勢力が衰えるできごとが起こっていたようです。
明治時代には、政府の宗教政策によって浄土真宗本願寺派と合流しています。
しかしその後、明治11年には「真宗山元派」として独立しました。

ご本尊様は阿弥陀如来で、経典は「浄土三部経」である「観無量寿経」「無量寿経」「阿弥陀経」です。

真宗山元派について、以下の記事で詳しくご紹介しています。

10.真宗誠照寺派

浄土真宗まとめ記事 誠照寺派
出典:真宗教団連合 誠照寺派 誠照寺
開祖親鸞聖人
ご本尊阿弥陀如来
代表的な寺院誠照寺(福井県 鯖江市)

真宗誠照寺派のはじまりは、法難によって越後国に流刑とされる途中の親鸞聖人が、現在の福井県鯖江市の地に滞在したことだとされています。
このとき、土地の豪族であった波多野景之(はたの かげゆき)が親鸞の教えに触れて出家することになり、布教に努めていくようになったといわれます。

戦国時代には、本願寺と対立したり、豊臣秀吉からの焼き討ちにあったことなどから、寺院としての勢力が衰退していったようです。
江戸時代のころには、日光山輪王寺の末寺となっており天台宗に属していたと伝えられています。
その後、明治11年には「真宗誠照寺派」として独立を果たしました。

ご本尊様は阿弥陀如来で、経典は2世住持の道性や3世住持の如覚が「正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)」や「和讃(わさん)」を中心に唱えていたようです。

真宗誠照寺派については、以下の記事でご紹介しています。

最後に

浄土真宗まとめ記事 菊の花

この記事では浄土真宗10派についてご紹介しました。
葬儀の場では宗派により僧侶が唱えるお経が違いますし、葬儀のしきたりやマナーも違ってきます。
浄土真宗では「往生即成仏」の教えがあるため、ほかの宗派と違い香典の表書きも「御仏前」「御香料」と書きます。
葬儀関連事業に従事される方におかれましては、各宗派のことを知っておくことで、ご遺族や参列される方のご案内もスムーズにおこなえるでしょう。

葬研には各宗派を解説した記事が多数ありますので、ぜひご覧になって業務にお役立ていただければ幸いです。

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