はじめに
先日お伝えいたしました、「イギリス発、遺書作成のデジタル化(Farewlll)」の中では、フェアウィル創業者であるギャレット氏が毎年多くのイギリス国民が葬儀のために借金をしている事態を問題視していることに言及いたしました。
実際、近年において、葬儀ならびに終活にかかる費用はイギリスにおいて社会問題化しています。
本記事では、このように社会問題化しつつあるイギリスの葬儀関連産業の現状やそれに対する社会および政府の反応をご紹介し、英国においてフェアウィルのような葬儀業界のディスラプターが登場するにいたった背景を解き明かします。
適正な葬儀キャンペーン
高騰する葬儀価格が英国における社会問題として広く認知されるようになった要因の一つはクエーカー・ソーシャル・アクション(QSA)による、適正な葬儀キャンペーン(Fair Funerals Campaign)です。QSAは独立慈善団体で、1867年から貧困問題の改善のためにプロジェクトを運営しています。
目的および背景
適正な葬儀キャンペーンの目的は葬儀貧困の解決です。キャンペーンは葬儀貧困を次のように定めています。
葬儀貧困とは個人の支払い能力を葬式費用が上回っている事態を指す。この問題は深刻化していおり、その要因には葬式費用が高騰しているにもかかわらず、政府からの援助が枯渇してしまっていることが背景にある。(’What is funeral Poverty?‘)
QSAがこのような葬儀貧困の解決に乗り出したのには以下のような背景があるようです。
あるプロジェクトにおいて、QSAのメンバーは親族を亡くし、感情的および金銭的な負担にあえいでいる人々を目にしました。
これを契機としてリサーチが行われ、過去5年間の間に「葬儀貧困」が50%増加していることが判明しました。
このため、QSAは高額な葬儀費用に苦しんでいる人々を直接手助けするプロジェクト(Down to Earth)を立ち上げました。
しかし、葬儀貧困の問題は、QSAが直接支援することができる範囲よりもより広範囲にわたる問題であり、それにもかかわらず政府により置き去りにされているとQSAは認識していました。
このため、葬儀貧困の根本を除去すべく、2014年にイギリスで初めての全国規模のキャンペーンが打ち上げられることとなったのです。
キャンペーンの内容
キャンペーンは次の3つの主軸からなっています。
- 葬儀貧困を避けられるように、人々にありうる選択肢を伝える
- 低所得の遺族に対して政府がアクションをとるように促す
- 葬儀業界と協力して、葬儀がより手の届きやすいものにする
これらの活動を行いつつ、キャンペーンは精力的にメディアに働きかけ、これにより議会においても葬儀貧困の問題の解決策について議論がなされるに至りました。
2015年10月には、ガーディアンのキャンペーン特集に選ばれました(参照1)。
CMAの報告と政府による調査
価格高騰により葬儀が多くの人にとって経済的に手の届かないものとなる中、2018年6月1日に日本の公正取引委員会にあたる競争・市場庁(Competition and Market Authority, CMA)は葬儀業界の調査に乗り出しました。
CMAのレポートによると、2017年の葬儀にかかる平均的なコストは約4300ポンドで、これに加えて供花や仕出しサービスのような任意のサービスに2000ポンドほどかかります。これらを合計すると平均的に6300ポンドが葬儀に際して必要になることになりますが、これは日本円にして約90万円に相当します(参照2)。
低所得層への打撃
この金額をどう評価すべきでしょうか。ある調査員よると、日本における葬儀費用の平均は120万円程度であるとのことなので、イギリスにおける葬儀費用の平均額は比較的安いものに思われるかもしれません(碑文谷創、「格差社会の葬送 ー いま葬送が抱える課題とは?③」)。
しかし、実際はその限りではないようです。日本の場合は葬儀にかかる金額が世帯所得に応じてばらつきがあり、低所得世帯はそれに応じて葬儀価格が低くなる傾向があるようです(上記碑文谷氏の記事参照)。これに対して、CMAによればイギリスにおいては葬式にかかる平均的な支出は世帯収入によらずほぼ同じであると報告されています。
これは最貧層が葬儀費用に最も影響を受けることを意味しています。一回の葬儀の費用は収入が最も低い人の年間支出の約40%にも上り、これは一年間にその個人がガスや電力、食品および衣服に使う支出の合計を上回っています。
継続的なインフレ
また、過去14年間において、葬式にかかる必需品の価格は毎年6%上昇しており、これは同時期のインフレ率の2倍に相当します。これに対して、任意サービスの価格は大雑把にいって変化していませんが、これは人々が全体的なコストを低く抑えようとしていたことが起因しているようです。
不透明性
では、このような価格の高騰にサービスの質の向上などの実体が伴っているかが問題になりますが、CMAはその限りではないと結論付けています。
すなわち、イギリスにおける葬儀価格の上昇はそれを合理的に正当化しうる根拠があるか疑わしく、価格上昇の根拠についての透明性がないと判断されたのです。
CMAによるこのような報告を受けて、英国政府は葬儀産業への調査を決定しました(参照3)。
キャンペーンの現在と今後
キャンペーンは、葬儀貧困の問題を提起し、レガシーを残すべく、もともと限られた期間のみ行われることが予定されていました。このため、2018年7月27日をもって、キャンペーンは停止されています。
継続されている活動
しかし、キャンペーンのチームの一部は今後も活動を続けることとなっています。この活動には次のような活動が含まれています。
- 葬儀貧困に取り組んでいる国内のジャーナリストや組織に対する、事例研究や証拠の提供などによる支援
- 各組織や議員による葬儀貧困の改善のためのロビー運動のサポート
- 「適正な葬儀の誓い」の運営
このうち、「適正な葬儀の誓い」とは、葬儀業者が適正な価格での葬儀を行うことへの宣言であり、キャンペーンのホームページではこの宣誓を行った葬儀業者の一覧をみることが可能です。
キャンペーンのレガシー
4年間の活動により、QSAは葬儀貧困をめぐる状況に確固たるレガシーを残しています。
葬儀産業についていえば、英国全体で3分の1以上の葬儀業者が公正な葬儀の誓いに署名をしています。
また、QSAの活動により、葬儀貧困の問題が社会においてスポットライトを浴びることとなりました。
さらに、政府による働きかけはイングランドおよびウェールズにおける子どものための葬儀費用を免除するための基金の導入というブレークスルーにつながりました。
このようにQSAの活動により、葬儀産業、社会意識、政府という3つのセクターに変化が起きています。
こうした動きが起業家たちにも届き、ギャレット氏率いるフェアウィルのような葬儀業界のディスラプターの登場へとつながっているのです。
参照
1. ‘The mission to help those in poverty facing crippling funeral costs’, リンク
2. ‘Funerals Market Study’, リンク
3. ‘Death, debt and exploitation – Government launches investigation into the funeral market’, リンク