はじめに
先日お届けした記事では、アメリカの葬儀業界にテクノロジーの波をもたらしているスタートアップ企業をご紹介いたしました(参考:アメリカの葬儀系スタートアップ紹介)。
その際に指摘しましたように、テクノロジーの発展の経ていない葬儀業界にミレニアル世代の起業家たちが着目することにより、現在業界はめまぐるしくデジタル化による変革を遂げています。
本記事においては、舞台を移して、イギリスはロンドンを拠点とした、遺言作成スタートアップであるフェアウィル(Farewill)をご紹介いたします。
概要
企業名のフェアウィルは、別れを意味する’farewell’と遺言を意味する ‘will’を組み合わせたもののようです。
フェアウィルは2016年の11月に設立されましたが、今年2019年の1月には800万英ポンド(約11億6千万円)の資金調達に成功しており、投資家にはオンラインP2PサービスであるTransferwiseのCEOであるターヴェット・ヒンリクスやAugumentum Fintechが含まれているようです(参考記事1)。
またこの資金を用いて、フェアウィルは人員を大幅拡充し、2019年の終わりまでに市場占有率を3倍に伸ばすことを目標にしているということも報じられています。
現在すでにフェアウィルはイギリスの遺言業界で最大手となっており、30通に1つの遺書を手掛けていますが、この計画が実現すれば2019年末までに10通に1つの遺書がフェアウィルのサービスによって作成されることになります。
サービス
このように急成長を遂げているフェアウィルのサービスはインターネット上での遺言作成です。
遺言の作成を希望する人は、フェアウィルが遺言を作成するための基本情報を提供するために、まず15分程度で完了するような簡単な質問に答えます。回答作成に際しては、ライブチャットならびに電話でのサポートを受けることができます。
回答が終わると、それに基づいて遺言が作成され、フェアウィルの法務担当者が遺言に法的な問題がないかを確認します。
何かしら法律上の問題があった場合にはフェアウェルからの連絡が来ますが、なかった場合にはこれで遺言の書面は完成であり、あとはこの書面を印刷し、署名を行うだけとなります。
遺言署名にかかる法律上の要件がどう満たされるかについても懇切丁寧なガイドラインがあるので、遺言作成者自身が自ら調べる必要はありません。
署名が終わると、あとは遺言執行者に場所を知らせたうえで、遺言を保管するだけとなります。
価格
このように、簡単なステップで、短時間で遺言作成を行うことを可能にしてくれるフェアウィルのサービスですが、価格設定はどうなっているのでしょうか。
個人の場合、上記の遺言作成プロセスにかかる費用は90ポンド(日本円にして約1万3千円程度)となっています。これに加え、年間10ポンド(1400円程度)を払うことにより、遺言の修正や法律の変更にかかる更新を行うことができます。
では、一般的な法律家のサービスをもとに遺言を作成した場合の値段はどうかというと、フェアウィルによれば200から500ポンド(約2万9千円から7万3千円程度)が相場となっていおり、フェアウィルの値段設定はかなり抑えられていることがわかります。
さらに、法律家のサービスの場合、フェアウィルのサービスのように15分程度で完了するわけではありませんし、遺言の修正や法律上の変更に係るアップデートに際してはさらに費用がかかることになります。したがって、追加サービスのための年10ポンドを考慮にいれても、フェアウィルが提示している価格はかなりの価格破壊といえます。
カップルが遺言を作成する場合でも費用は個人の場合と同様に一般的な法律家によるサービスよりもかなり安くなっています。
フェアウィルの場合、135ポンド(約2万円)であるのに対して、法律家によるサービスの場合には典型的には400ポンドから1000ポンド(6万から14万6千円程度)の費用が見込まれます。個人の場合と同様、もちろんこの価格には遺言の修正や法律の変更に合わせた修正のための費用は含まれていません。
創業者およびそのヴィジョン
フェアウィルの創業者はダン・ギャレット(Dan Garrett)氏です。
ギャレット氏は2009年から2013年までオックスフォード大学でエンジニアリングを学んだ後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートおよびインペリアル・カレッジ・ロンドンにてグローバルイノヴェーションデザインの修士号を取得されています。この間、2014年には慶應大学にも留学されています(参考:リンクトイン)。
なぜフェアウェルを設立したのかという質問にたいして、ギャレット氏は2017年のインタビューで次のように答えています(参考記事2)。
死の扱いように不満があったからです。私のバックグラウンドはエンジニアリングで、二年前にロイヤル・カレッジ・オブ・アートでの修士課程の一環として、東京で介護施設のための技術建築を行っていました。死や死にゆく人々に囲まれた環境にありましたが、誰もそれについて語らなかったのです。私はデザイナーとして人々の問題解決を助けたいと思いました。しかし、問題の原因が述べられることはありませんでした。
イギリスに帰った際、私は死に関連した産業に鞍替えをしました。1月に15もの葬儀を運営し、遺書作成の資格を取得しました。このとき私は消費者によりよい取引を提供する商業製品を構築する機会があることに気が付いたのです。
遺言業界には問題があります。消費者の利益になるように物事が動いていないのです。97%もの人々が遺言をもっていませんし、持っていたとしても期限切れになっています。さらにいうと、4分の3にものぼる人々が自分たちの子供の後見人を定めていません。何かがなされなければならないのは明らかです。
このように、ギャレット氏の起業は日本での経験から得られた問題意識から発展したものであり、遺言業界においても消費者によりよいサービスをよりリーゾナブルな価格で提供されるべきであるという思想が原動力になっているようです。
また別なインタビューにおいて、ギャレット氏は次のようにも述べています(参考記事3)。
我々は遺言事業で止まるつもりはありません。フェアウィルは遺言の検認や葬儀事業にも進出するつもりです。毎年10万人ものイギリス人が葬式のために借金を抱え込むことになっています。個人にのみ関わるものであるのにもかかわらず、死に関連した産業の現状では消費者は後回しで、親族は不当な値段を要求されながらも、満足なサービスを受けられていないのです。これは容認できるものではなく、変革せねばならぬと我々は考えています。
ここで言われているように、ギャレット氏は今後さらにフェアウィルの事業を拡大し、イギリスの死に関連した産業を変革していくことを目論んでいるようです。実際、このインタビューが公開されたのは2018年3月ですが、現在までにすでにフェアウィルは検認事業を開始しています。
遺言事業に留まらずに、拡大を続けるフェアウィル。今後も要注目です。