碑文谷創の葬送基礎講座

碑文谷創の葬送基礎講座6 「葬儀」と「告別式」

投稿日:2019年6月14日 更新日:

「葬送基礎講座」とうたいながら、「葬送」「葬祭」「葬儀」について基本的なことを論じてこなかった。

「葬送」は死者を弔い葬ること総体を指す用語で、分野でいえば「葬儀」と「墓」全体を包摂する用語である。
「葬祭」は一部で「成人式」等の人生儀礼を「祭」として「葬」と分離する説もあるが、一般には葬儀とその後の四十九日、法事等を合わせた「葬祭」というジャンルを指す。

ここではもっとも一般的な「葬儀」という用語を切り口に説明しよう。

「葬儀」を広辞苑はどう説明しているか?

手元にある『広辞苑第4版』では
「死者をほうむる儀式。葬礼。葬式。」とある。

「葬礼」は
「死者を葬る儀式。葬式。」

「葬式」は
「死者を葬る儀式。葬儀。」とある。

こんなのは説明とはいえない。
まとめると「『葬儀』も『葬式』も『葬礼』も『死者を葬る儀式』という意味。」ということになってしまう。
世間では広辞苑が日本語辞典としては正確で正しいという俗信があるようだが、広辞苑に間違いはあるし、語義解説として無意味なものが多い。

語感としては、「葬礼」は日常使用されることはほとんどなく、「葬送儀礼」に対する人間の態度一般、儀礼総体を論ずる時に用いられることが多い。
「葬儀」と「葬式」はほとんど同じであるが、「葬儀」は書いたり、論じたりする時に用いられることが多く、「葬式」はより日常会話で用いられることが多い。

しかし広辞苑も肝心な点は押さえている。
「死者を葬る」儀式、とある。
人の死、死別という特別な出来事が発生したことによって営まれる儀式であることを理解しないで葬儀を論ずることはできない。

「葬儀」には大きく2つの用法がある。

「葬送儀礼」の短縮語としての「葬儀」

1つは「葬送儀礼」の短縮形である。
「葬送儀礼」とは死者が発生する前の看取りから始まり死亡後のさまざまなプロセスを踏み、火葬(埋葬)した後の儀礼に至るまで、およそ四十九日までの一連の本人の家族・関係者による営み、儀礼のことである。

しかし、看取り、安置、通夜、葬儀、火葬、四十九日という儀礼を外面にのみに注目しては全体的に理解しているとはいえない。
葬送儀礼においては、家族・関係者の心的内部で死別した死者のために行われる祈り、供養、内面で発生するけっして一律ではないグリーフ等の心的葛藤(怒りも含めて)や個別のさまざまな心的プロセス(それが身体におよぶこともしばしばだが)が併行しある事実をないがしろにすることはできない。
むしろ死別で発生する人間の内的なものが葬送儀礼を支える核心としてある。

「葬儀式」を指す「葬儀」

2つめは狭義の「葬儀」である。
葬送儀礼プロセスの、「看取り⇛死亡⇛死後のケア⇛安置⇛通夜⇛葬儀⇛出棺⇛火葬⇛遺骨の自宅安置」(一例で、火葬が葬儀に先行する骨葬も東北地方中心にはある)の一部としての「葬儀」である。

後段の狭義の「葬儀」は主として宗教儀礼によって営まれる「葬儀式」を指す。
だが、宗教儀礼が必須というわけではない。日本においては江戸中期の寺請制度の影響もあり仏教葬が8割以上を占め、またその他の神道やキリスト教も含めると9割以上が何らかの宗教儀礼を伴って営まれてはいるが、死者本人あるいは遺族や関係者の信仰・信条によって選択されるべきものである。

後段の狭義の「葬儀(式)」はマスコミ等では「告別式」と称することがある。
1980(昭和55)年前後から、都市の駅前や街頭での葬儀式場案内掲示板が「故〇〇〇〇告別式会場」と記載されることが多くなったことも影響している(「葬儀」よりも「告別式」の方が死を直接イメージしにくい、という理由だったようだ)。
厳密にいうならば、「葬儀(式)」と「告別式」は異なる。

「葬列」のあった時代

日本の葬送習俗の歴史の中で説明する。
かつて(都市部では1930(昭和5)年頃まで、郡部では地域により異なるが1955(昭和30)年頃まで)葬送儀礼のメインイベントは葬列(野辺の送り)にあった。

遺族・関係者が列を組み、灯りで先導し、旗、食べ物、造花、位牌、写真、その他さまざま葬具を、葬列参加者が役割に応じて手にし、自宅から寺まで、または自宅(寺)から火葬場(墓地)まで、行列することを「葬列」という。

死者を遺族や関係者が一緒に送る葬列は多くの国・民族の葬送習俗に見られることで日本特有のものではない。

「葬列を廃し告別式」

日本では明治になり昼間の葬儀が許された。
経済力が向上することで派手な葬列が街を練り歩きひんしゅくをかうようになったこと、自動車文化が発達し、大正初期以降に米国から霊柩車が入ったこと、市街電車等で火葬場等へ行き葬列を途中抜け出す者が出た、などから、「葬列を廃し、代わりに出棺前に告別式を行う」という形態が大都市から出てきた。

「告別式」の最初は、自由民権運動の理論的指導者として知られる中江兆民の葬式といわれる。1901(明治34)年に無宗教で行われた。

「告別式」が一般語化する

「告別式」が一般化するのは昭和前期であったようだが、「耶蘇(キリスト教)っぽい」と嫌う僧侶がいたようだ。
天台宗では葬列出発時に行われた「露地式」を告別式の起源として紹介する人もいる。

近年こそ「葬儀」を「告別式」と言い換える例は見られるもの、歴史的には明らかに別物なのである。

もっとも今では「告別式」という言葉自体が古臭くなり、実態としては告別式の独立形態が「お別れの会」と言われる時代を迎えている。

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碑文谷創(ひもんやはじめ)

碑文谷創(ひもんやはじめ)

葬送ジャーナリスト。評論(死、葬送、宗教)

1946年生まれ。東北出身(岩手・一関市、宮城・仙台市)。東京神学大学大学院修士課程中退。出版社に勤務し、44歳で独立、葬送文化専門雑誌『SOGI』編集長(1990~2016)。

葬祭ディレクター技能審査企画委員(1995~2016))、経産省「ライフエンディング・ステージ」研究会委員(2010~2011)、IFSA(一般社団法人日本遺体衛生保全協会)顧問(1993~)等を歴任。

現在、死、葬送、宗教に関する評論・講演活動を展開。著書:『葬儀概論』(現在4訂)『死に方を忘れた日本人』『「お葬式」はなぜするの ?』、『Q&Aでわかる葬儀・お墓で困らない本』ほか多数。

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